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2月, 2023の投稿を表示しています

美術の授業で使いたい言葉 〜上手という言葉を使わない〜 vol.3

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  月に1回のペースで紹介する美術の授業で使いたい言葉シリーズ、今回はVol3ということで、今回も「上手」という言葉を使わずに子どもたちの活動や学習を促進する言葉掛けを紹介していきます。過去の記事はこちらからアクセス可能ですので、もし興味があれば覗いてみて下さい。  vol.1 (導入) vol.2 (「#1 この部分、すごく面白い!」「#2 ピカソを超えた!」「#3 遊びまくってるなぁ」)  今回は短い言葉でありながら、率直で子どもたちに感覚的に分かってもらえる言葉を主に選んでみました。今回は以下の3つの言葉について説明していきます。 #4 ワオ!ワンダフル!! #5 次は大丈夫! #6 やられたわぁ!  それぞれ詳しく説明しているので、よろしければどうしてこれらの言葉を使いたいのか知ってもらえると嬉しいです。 #4 ワオ!ワンダフル!!  机間巡視をしていると、子どもたちが試行錯誤を絶えず繰り返して工夫を重ねているのがよく分かります。制作状況をゆっくり観察しながら机間巡視していると、教室を1周する間に必ず目に止まる工夫が発見できます。その時に心の中で感動の声を出したとしても、私の表情を観察している子どもか、エスパーの才能がある子どもを除いて、子どもたちに感動は伝わりません。 折角の感動を誰とも共有せずにスルーするのは実に勿体無いことです。まずはシンプルに感動を制作者に伝えて、自分の表現で他者を魅了していることを自覚できるようにしたいところです。  教師が感動を伝えることは大切ですが、それ以上に大切なのが、 具体的にどの部分に感動しているのかを明確に伝えること だと考えています。私は普段作品鑑賞をするときに、子どもたちには「ぱっと見て印象的だった部分」→「どのような技法や工夫がされているか分析」→「それによってどのような効果や印象が生まれていると感じるか」をポイントに作品鑑賞に取り組んでもらっています。これがないと、漠然と「すごい」「綺麗」そして「上手」といった中身の乏しい言葉や説明になってしまいかねません。  学習を深くするために「言語活動の充実」が叫ばれ続けているように、 ただ感動して終わるのではなく、それがどのような要素によって成立しているのか認知できるようにする言語活動が必要です 。教師としてこの視点を忘れず、普段から子どもたちの制作の良いところをしっかり

段ボールパネルでステンシル版画の試し塗りを共有

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 今回は以前に紹介した「 段ボールパネルで造形遊び 」に続く内容です。  私が担当する中学2年生の美術では、ステンシルを活用した年賀状デザインに取り組みました。ステンシル版画の魅力はスポンジやスパッタリングで自由度の高い色彩表現が可能で、版の枚数を増やしたり、組み合わせを変えたりして様々な作品を実験しながら制作できるところにあると考えています。  そんなステンシル版画の特性を生かして年賀状をデザインする授業をこれまで取り組んできました。切り絵と版画を同時に楽しめる教材ということで、これまでにも生徒はとても魅力的な作品を制作してきていました。ただ、たくさんの作品が短時間で制作できる版画の特性を生かせず、作品の枚数が1〜2枚の生徒が多く、その原因は最初の着彩から「失敗しないように」丁寧に作業をしすぎてしまっていたことにあったと考えています。折角着彩の要領を得ても、時間に余裕がなくなってしまい、配色や構成のアレンジで遊んで楽しむだけの余裕がない生徒が少なくなく、私としては折角の版画を楽しむ機会が生かせず、勿体無いと感じていました。  普段から失敗に対してポジティブなマインドセットをもてるように授業をしていますし、生徒もそのことはよく理解してくれていますが、それでもいざ頑張って切り抜いた版を使って版画を着彩するとなると、最初の作品から失敗しないように慎重な作業と保守的な配色になってしまう傾向があります。  このような状況から、本番に向けたウォーミングアップの機会を設け、ある程度の経験値を基に安心感のある状態で版画を制作してもらえるように手立てが必要であると考え、展覧会で使った段ボールパネルに試し塗りできるようにしました。 ステンシル版画の方法を学びつつ他者の表現にも触れる機会  段ボールパネルに自由にステンシル版画の着彩を練習できるようにしたことで、生徒は積極的に様々な方法で着彩したり、配色をアレンジしたり、他者のステンシル版と合体させて構成遊びしたりするなど、数多くの実験的な試みが生まれました。 本番の紙に着彩する時よりも安心して取り組めるため、手が活発に動き、その中でたくさんの発見をしている姿を確認することができました。  こうして多くの生徒が段ボールパネルで練習していると、たくさんの実験的な版画が生まれていきます。美術の授業では鑑賞と制作が結びつくことで学習が好循環し

AI化の中で美術教育が果たす役割と可能性

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  最近は画像生成AIの登場で簡単に誰でも素敵な写真や絵をつくることができるようになりました。今回の記事を書くにあたって私も少し画像生成AI「Dream」を使ってみたのですが、写真が色んなパターンに変化して好みの絵になるまで何度でもやり直すことができ、一枚の画像を生成するのに数秒でできるという便利なツールであることを実感しました。  AIなので、0から1をクリエイトしているわけではなく、膨大なデータを利用してオブジェクトの特徴や特性を他のものと置き換えているわけですが、それでも出来上がったもの自体はとても立派な作品に見えます。ビジュアル的にはオリジナルを上回っていると考えることもできるかもしれません。元の画像は普段通勤で使っている峠道ですが、これに対して、AIはどこかの観光地のような場所をミックスしてきました。  単純化や空想画的な加工も可能で、次から次に絵を生み出すことが可能です。様々な要素を掛け合わせていくことも可能であり、「生産力」という点では革命的な変化が起きています。  AI化の波は学校教育にも間も無く到来することと思います。それによって効率的な学習や活動が実現するのは間違いないことでしょうし、現在学校で起きている様々な課題は解決する可能性があると思います。最近話題のChat GPTは疑問や質問に対して懇切丁寧に分かりやすく返答してくれます。エクセルの関数やプログラミングのコードでさえも教えてくれる(というよりプログラムを書いてくれる)次元に到達しており、教師が生徒に一斉指導で知識を教える時代は終焉することでしょう。と言うより、 これだけAIやデジタルが社会に浸透しているのに、教育がアップデートされていないと、そもそも一般教養という面での教育が意味をなさなくなってしまいます 。  Chat GPTを実際に使ってみましたが、専門家と話をしているような感覚で利用できます。 この自動生成AIがこれからあらゆるデバイスに実装されていくと考えると、教育の形も今後割と短い期間で大きく変化していくことでしょう。学校の現場は危機感を持って業務や授業改善に取り組んでいかなければいけません 。それはアナログの代表格とも言える実技教科、美術の教育についても例外ではありません。  今回は私の専門である美術教育がAI化の中で果たす役割とその可能性について考えてみました。ただ、今後学

カーテンの代わりになる障子紙と板ダンボールの活用

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   今回は私が普段使っている美術室の環境改善について紹介します。  学校の教室に限らず、部屋にはカーテンがあり、眩しい日差しを防いでくれていますが、眩しささえ回避できれば、太陽光は私たちにたくさんのポジティブな影響を与えてくれます。特に、自然の光である太陽光は頭の働きを良くし、作業効率もアップさせることが明らかになっているので、なるべく上手く利用したいところです。  カーテンの問題点は太陽光を遮断しすぎるということです。もちろんカーテンにも色んな種類があって光を通すものもありますが、既存のものを取り替えてカーテンを購入するのは現実的ではありません。なので、既存のカーテンを残しながら太陽光をコントロールする方法を考えてみました。 降り注ぐ強烈な太陽光は学習の障害に  私の勤務する中学校の美術室は窓が大きく(大体どこの教室も天井ぐらいまで窓が伸びていますよね)、南中高度の低い冬の時期や午前の早い時間帯は太陽の光が強烈に窓を通過します。太陽がはっきり見える場所の生徒は眩しくて目を開けるのも大変ですし、それと同時に体もポカポカになりすぎて強烈な眠気を催してしまいます。さすがに美術の時間に制作をしていて睡魔に襲われる生徒は滅多に見ませんが、それでも太陽光が気になってカーテンを閉めるというのがこれまでの常でした。  しかし、 カーテンを閉めると、完全に外の光をカットしてしまうため太陽光のメリットが生かせなくなります 。自然光による作業効率の面だけでなく、晩秋から初春の時期は太陽光による温室効果を頼りにしたいところです。ちなみにこれは設計ミスだと思うのですが、カーテンを閉めようとすると換気扇が邪魔していて、これを通過させるためにカーテンを激しく動かさなければいけません。かなり荒い動きになるため、換気扇のカバーにカーテンが引っかかって破損するということもこれまで起きていました。これまでカーテンを閉めるか閉めないかは生徒に任せてきましたが、このような事情もあり、内心カーテンを閉められると嬉しくはありませんでした。ただ、眩しさに耐えるのも大変だというのはよく分かるので、「仕方なし」と考えてきました。  ただ、こういった課題も原因や状況を分析すれば大抵の場合は解決できます。何か良いアイディアはないかと窓を眺めていた時、ふと日本の建築が頭に浮かびました。それは日本建築にはカーテンがない代