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9月, 2023の投稿を表示しています

Googleスライドで生徒と共有する授業資料を授業毎にアップデート

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 今回は以前に紹介した「 学習を共有しアクティブラーニングを実現するGoogleスライドの活用 」(2022年1月)と「 Googleスライドを学習ツールのリンクの場に 」(2022年4月)の発展編になります。以前の内容はもう1年以上前のものなので、今回記事を書いてみて自分自身の活用方法の発展を改めて感じています。GIGAスクール構想3年目も半ばを迎え、授業で生徒と探究しながら学ぶ場、そして更なる学びの世界へ踏み入れる入口としてGoogleスライドを活用した授業資料を以前よりも有効に機能させることができるようになってきました。今回はそんな手応えを感じているGoogleスライドの活用法について紹介します。 学習に関する情報が集まる場  以前はGoogleスライドで授業資料や制作状況の情報共有、Googleジャムボードで1時間毎のめあてとまとめ、授業の中で撮影したものなどを載せ、二つのツールを使い分けていました。しかし、これをすると指導する中でタブを切り替えることが多く、生徒も多くのファイルを起動させる必要が出るため、効率的ではありませんでした。  このような状況を解決するため、最近は1つのGoogleスライドのファイルで全てが成立するようにしています。制作に関するページ、生徒へのフィードバック内容の共有、全クラスの制作状況の共有など、 このファイルさえ開いておけば参考にできる情報に手軽にアクセスできるという状態にしています 。  私が指導する美術科では制作と鑑賞が主な指導内容ですが、制作に費やす時間が多くなって鑑賞の学習が手薄になるというケースが多くみられます。もしかしたら大人の中には中学校の美術で鑑賞の授業を受けた記憶さえ残っていない人や、厳密には鑑賞の授業とは言い難いような「テスト対策」のようなただ作者と作品名、表現方法を覚えるだけの授業を受けたことがある人もいるのではないでしょうか。実際に、美術の教師同士で話をしていると、鑑賞の授業に対する苦手意識を持っている教師は少なくありません。制作した作品の鑑賞会なら生徒は自然と作品を鑑賞して感想文を書くため、鑑賞の授業が苦手であっても一応授業は成立させられると思いますが、制作と鑑賞が一体化するような鑑賞の指導にはなかなか至らないという悩みはよく聞きます。  しかし、制作を始めるきっかけとして鑑賞の授業を入れたり、制作を進

コンクールや展覧会への出品が困難な作品に対する受容と、今後のコンクールの在り方についての考察

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 主体的な学習が教育のキーワードになって以来、生徒が美術の授業で制作する絵画作品が非常に多様化しています。その影響もあって、最近は文化祭での展示の難易度が高い作品や全国教育美術展などのコンクールに規格上出品が困難な作品が多くなってきました。  このような状況は見方によれば教師にとって「不都合」と言えるかもしれませんが、これは絵画の発展的な学びを考えると大変重要な意味があり、主体的な学びに基づいた個性の伸長という教育本来の目的を考えると、 むしろそういう「不都合」と感じられる機会は歓迎し、そこからさらに教育を改良していく足掛かりにさえできるのではないか と考えています。  今回は教師にとって「不都合」と捉えかねなれない絵画を受容することの可能性と、「不都合」を生み出す一端になることがあるコンクール作品や美術展の今後の在り方について考察をしてみました。 絵画を超える表現  絵画と言えば「平面」としての認識が強く、コラージュなどの貼り付けは絵画表現としての市民権を十分に得ているとは思いますが、基本的には平面的なものとして扱われているのが一般的です。  しかし、フランク・ステラの立体的な絵画や、ルシオ・フォンタナのようなキャンバスに切り込みを入れてキャンバスの物質性と空間性を要素にした表現など、平面だけでは語れない要素が絵画には本来はあるはずです。これらのアーティストの作品は絵画であると同時に彫刻作品としても成立しています。  そうであるなら、美術教育で扱う絵画制作も平面に縛られる必要はなく、形も四角でなくても良いと考えるべきであると思います。そもそも、絵画や彫刻、工芸、デザインという言葉は言語コミュニケーションの便宜上存在しているに過ぎず、創造活動がこれらに支配される必要性はないはずです。樹脂を含んだアクリル絵具を厚塗りしてニードルで削って表現するのと、樹脂粘土でレリーフといえるぐらいに立体的に盛り上げた上で彫刻を施した表現は物質的にも方法的にもほぼ同じですし、そこにどちらが絵画でどちらが彫刻であるかを議論すること自体が不毛です。よくある「これは絵画かデザインか」も似ています。  絵画か彫刻か、彫刻か工芸か、絵画かデザインか。こういったことを哲学的に考えること自体は存在に対する認識を深めるため非常に意味のあることだと思います。しかし、主体性を発揮してやりたいように表現して

ブリコラージュ的視点で生活をより良く調整 〜有り合わせの物で簡易デスク〜

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   今回はブリコラージュの視点で生活をよりよく調整することについて私の考えを書きました。ブリコラージュとは 「寄せ集めて自分で作る」「ものを自分で修繕する」ことで、「器用仕事」とも訳されるフランス語です。以前にもブリコラージュに関する記事を書いたことがありますが、今回は夏の生活の中で私が実践した簡易デスクをブリコラージュしたことに基づいて紹介します。  今年の夏も暑かったですね。暑い夏の必需品といえばエアコンになりますが、私が住んでいるアパートには寝室とリビングにエアコンがあり、書斎にはエアコンがついていません。これまではリビングのエアコンから自分の書斎と妻が主に利用している部屋に冷気を送っていたのですが、これをすると電気代が大変高くなります。さらに、今年は赤ちゃんと妻が実家で過ごしているため一人で高いエアコン代を発生させるわけにもいかないということで、寝室のエアコンだけを利用して夏を乗り切ることにしました。 ブリコラージュでデスクを急遽用意  寝室で仕事や勉強、読書をすると、やる気スイッチが入りにくいため、私としては寝室を利用するのは本望ではありませんが、跳ね上がる電気代のことを考えるとやむなしでした。昨年は8月の電気代が2万円を優に超えていましたが、今年は5千円に抑えることができたので、かなり節約することができたと言えるのではないかと思います。  ただ、寝室にはデスクがなかったため、仕事や勉強ができるようにデスクを用意する必要がありました。最初はキャンプなどで使う折りたたみ式のテーブルでも置こうかと考えましたが、流石にそれはナンセンスだと思い、家の中で使えそうなものを探すことにしました。そうして今は利用していない折りたたみ式のローテーブルの利用を考えるようになりました。  ただ、ローテーブルではベッドに座って使っても高さが微妙ですし、そもそもベッドに座るのは姿勢の面でも良くありませんし、ベッドに座っているだけで眠りスイッチが入ってしまいます。地面に座ってローテーブルで作業するのも長時間の作業には不向きということで、ローテーブルのまま利用するのは好ましくないと考え、改善方法を探ることにしました。  そこで、他のものを下にセットして高さを調整すれば問題が解決するのではないかと思い、丸椅子とオムニウッティという蓋付高性能バケツと組み合わせたところ、ちょうど良い高さに

目標の持つ意味 〜ランニングを通して考える〜

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 今回は目標との付き合い方について私の考えを書いてみました。  今年の夏は過去一ランニングに出かけ、8月は月間で100キロ以上走ることができました。この月間の数字はNike Run Clubで計測を始めてから過去最高記録です。ガチのランナーと比べたら全然大したことのない距離とペースですし、長距離の陸上選手であれば数日程度でカバーしてしまうような距離しか走っていませんが、自分としては毎日継続してランニングに取り組み、体力が落ちやすい夏場にむしろ体力を向上させることができたことに大きな意味があると考えています。  8月は職場も夏休み(8月25日が2学期のスターチですが)なので、時間に余裕があり、いつか月間100キロ走りたいと考えていたので、その目標をクリアするには丁度良い機会でした。そして、ランニングの記録を更新することを今年の新年の抱負にしていたので、これが8月の段階で更新できたのはとても嬉しいことです。数値目標というのは目指す先が明確で、達成したかどうかも分かり易いので、目標達成に向けてモチベーションを維持し易いという特性があると思います。  記録を更新したり、目標を達成したりすると、更に高い目標を設定することが多いと思います。なぜなら目標を達成することは成長であり、成長によって広がった可能性でより幸福になれると考えられていて、目標を更新していくことが幸福度を上げていくものであると考える人が多いためです。  しかし、 そもそも目標というものがどのような意味を持つものであるのかが曖昧な状態で、闇雲により高いレベルの目標を数値的に設定して、本当に人は幸せになれるのかどうかというとかなり怪しいものがある と思います。今回は、私がこの夏に目標を持ってランニングに取り組むことを通して考えたことを基に目標の持つ意味について改めて考えてみたいと思います。 一番大事な目標以外は充実度を目標のポイントに  目標と言っても、短期目標や長期目標などさまざまなタイプのものがありますが、比較的重要な目標とそうでない目標というものもあります。例えば、「幸せな人生を送る」というのは多くの人にとって重要な目標になると思いますが、「良い車に乗るためにお金を貯める」というのは前者に比べるとそれほど重要な目標にはならないと思います。良い車に乗るというのは幸せに関係することかもしれませんが、お金を貯めるた