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9月, 2020の投稿を表示しています

旅は人生を変える 第2回 フィレンツェ

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  前回から始めた旅シリーズ。スリルのある旅は充実感と成長、そして人生を変えるきっかけになることについて前回はお話ししました。これからは、私が実際に一人で海外旅行に行ったときに経験したことや学べたこと、世界観が変わったことなど、そ の後の人生に大きな影響があったことについて 記事を書いていきます。  今回は私にとって初めての海外経験であったフィレンツェへの旅行についてです。大学院修了直前の2011年3月、私は24歳での初海外でした。 記事のテーマは「リアライゼーション」と「芸術と場」の二つ 。本当は一つにしたかったのですが、初めての海外旅行ということで、あまりに学ぶことが多く、一つにまとめることが困難だったので分けました。  「旅は人生を変える」なんていうタイトルですが、私の人生を変える一番インパクトのある旅は紛れもなく最初のフィレンツェ旅行でした。そこで気がつけたこと、現実化したことは単独旅行の醍醐味であると発見し、それから海外に一人で行くことに何のためらいもなくなりました。それぐらい強烈な魅力を私に提供してくれたのです。このことを今回の内容のテーマにするには日本語ではなかなかマッチするものがなかったので、「realization(リアライゼーション)」という、「気付き、現実化」と言った意味をもつ言葉を選択しました。 色々なことが自分の中でリアルなものとして受け止められるようになった のです。今回はまず「リアライゼーション」について私の考えたことをお話しします。  それまでに飛行機に乗ったこともなかった私です。関西国際空港に着いた時から分からないことだらけで、どこで手続きをするのか、どういう手順で飛行機に乗るのか、そして飛行機が飛び立つ瞬間の感動など、あらゆることが新鮮で、もちろんそういう意味でのリアライゼーションはたくさんありましたが、そんな誰もが感じるようなことをつらつらと書き連ねても特に価値はないと思うのでカットします。私がこれまで海外旅行で経験した中で最大のピンチがいきなりオランダのアムステルダム、スキポール空港でやってきます。  この空港はヨーロッパの主要国際空港で、関空からここを経由してフィレンツェ行きの飛行機に乗り換えることになっていました。初めての海外の空気に酔いしれながら、私はパスポートの検査を受けることになります。私は電車の切符と同じような感覚

旅は人生を変える 第1回 旅にスリルのスパイスを

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 これからしばらく人生を変えた旅についての記事を書きます。もちろん美術にも大変関連する話なので、インドア派で旅行なんてしない!という人や、高額な海外旅行よりも手軽に楽しめるgoogle mapやgoogle earth派だという人にも何かしらの価値を提供できる内容にしたいと思います。しかし、今回の記事は猛烈に旅することの価値を語るので、「あ、無理〜ww」と思う人は次回から読んでもらえたらと思います。  「旅は人生を変える」というタイトルで記事を書こうと思ったきっかけは、私は新婚旅行を除いて海外旅行は全て一人で行ってきました。しかし、周りの人は私に「なんでツアーにせんの?」「一人で行くん怖くない?」など言ってきます。それに対して私は「一人で行った方が得られるものが多く面白いと思います。ツアーで大勢と一緒にまわったり、予め用意されたスポット見学をするのは自由な時間が削られるため、貴重な時間を最大限に活用できていないと感じるからです。海外旅行だからこそ出会えるスリルさえも好きです。」と答えます。   例えば、私はローマに行った時、予てから憧れをもっていた「アッピア街道」をひたすら突き進んだことがあります。この道は「すべての道はローマに通じる」で有名な街道です。私はこのローマ繁栄の象徴である道について高校の世界史で習った時から強烈な憧れがありました。当然、歩けども歩けども特に何も風景は変わりません。隣町まで何もないことはなんとなく分かっていたのですが、憧れのアッピア街道を私はその時歩きたかったのです。さすがに5キロぐらい歩いたところで引き返しましたが、 最高にロマンに浸り、人類と歴史の意義について考えることができた約2時間の贅沢な散歩 でした。こんなことは 時間を自由に使える一人旅だからこそできます 。  こういう考えを聞くと、案外多くの人が納得してくれます。きっと、できれば少人数や一人で楽しみたいという思いが皆さんあるんでしょうね。でも 英語が使えないことや、未知の場所や人々に対する恐怖が、単独旅行という素敵な体験に対して二の足を踏ませるどころか、絶望さえ感じている人が多い ように思います。  しかし、そこまで恐れる必要があるのでしょうか。特に今の時代スマートフォンがあればなんでもできる時代です。たとえ英語が使えなくてもスマートフォンが解決してくれます。それに、 ヨーロッ

美術との本当の出会い 後編:記号論が全てを変えた

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  前回の「美術との本当の出会い 前編」では、計画性ゼロで狂気の沙汰としか思えないような選択と行動を繰り返しながらも、なんとか結果的に納得のいく人生を歩み、社会人になるまで1年を切った大学4回生のときに、たまたまピカソのキュビスムという表現方法について知り、美術の真の価値について考えるようになり、母校の高校での英語教師としての教育実習中に日本の美術教育の課題を感じたことから美術教師を目指すというところまでのお話をしました。今回の後編では、大学院で研究し、美術教師として働き始めて、ついに美術と本当に出会うことができた経験について書かせていただきます。  6月の教育実習終了後、美術について本格的に学び始めた私は大学院入試に向けてほぼ独学で勉強を始めます。前期に少しは美術の授業を受けてはいましたが、暇つぶし程度しか履修していなかったこともあり、美術の教授とはあまり関わりをもてている訳でもありませんでした。なので、当時は何から勉強するべきか分からず、とりあえず図書館にあった実技書を読んだり、絵を描いたりして教養を身につけていました。その結果、大学院の入試は見事合格しました。しかし、これは「独学でも芸術は大丈夫!!」という訳ではなく、教育学部からの内部受験だったからこそ大学院に入れたという確信があります(笑)。 当時の私の技術は学部受験でさえ間違いなく落ちるであろうレベルでした 。  そんな私も4回生の後期からは美術の授業をたくさん履修し、1回生や2回生と一緒にデッサンや彫刻の授業を受けました。授業を受け始めの頃は歳上の自分が他の学生に技術面で負けてはいけないと考え、特にデッサンなどでは執念で描いていました。当時は「自分の見えている状態をデッサン・スケールで見たようにデータ化し、明暗を写し取れば素人の自分でも、長年素描を経験してきた美大生にも遜色ないデッサンが描けるはず」なんてことをマジで考えていました。そうして私は 他の学生が一つのモチーフのデッサンに費やす時間の何倍も時間をかけてデッサンに取り組みました 。結果的にそこそこリアルな絵に到達するのですが、後に私が大学院で師事する大嶋彰先生がそのデッサンを見たとき、「達脇くんのデッサンは技術的にはまだこれからという感じだけど、とんでもない執念で描き上げるから、その執念によって独特の雰囲気が出てるんだよねぇ」と言われたのを覚えて

美術との本当の出会い 前編:美術と出会うまで

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  今回は私が美術の教師をするようになったエピソードを前編・後編で2週に渡ってお話ししたいと思います。ただ、自分の人生をつらつらと書き連ねるだけでは自己満足にしかならないので、 想像力と創造力、進路を決める直感や行動力に絡めて書きます 。  私は幼少期から物を作ったり、絵を描いたりすることが普通の人よりは好きだったと思います。私は保育園に行かず、ひたすら家で積木を組み立てて遊んだり、時には庭に向かって積木を投げたり、広場を車(キックして進むやつ)で走り続けたり、小川に葉っぱを浮かべて船に見立ててみたりと、 幼児としては割と社会性を培うことなくひたすらマイワールドで自由に生活していました 。 周りのものは全ておもちゃ になっている状態で、私は覚えていませんが、兄曰く、兄がお小遣いをためて買ったビッグエッグ野球盤という昔大流行りしたおもちゃを 本来とは違う遊び方をして パーツ紛失、破壊してしまったそうです。まさに自己中の塊。しかし、そんな生活で培えたことも沢山あったと思います。それは 一人で夢中になって取り組む集中力です 。やると決めたらひたすら没頭。ある程度の形になるまで取り憑かれたように活動を続けていました。そんな孤独な生活を謳歌していた中、とうとう他者との関わりが幼稚園に入ったことで生まれます。  幼稚園に入った時、すぐに近所の子供を中心に友達ができました。これは今思うと、とてもラッキーなことでした。社会性ゼロの私が何も労せずして貴重な仲間と出会えたのですから。社会性ゼロの私は幼稚園でもやはり自己中な印象をもたれていました。先生からは「普段は凄く頼りになるのに、達脇くんが面倒だと思う時には、その場からさっと消えてしまいますね。例えば、泣いている人が近くにいると、さっきまでそこで遊んでいたのに何処かへ行ってしまう…」これを言われた時には自分自身全く自覚がなかったのですが、周りの子供が「あ〜、確かに!」という反応だったので強烈に自覚しました。 自覚やメタ認知という言葉が昨今教育界ではもてはやされていますが、強烈な自覚は記憶に本当に残ります 。そういう、自覚をさせていただいた当時の幼稚園の先生はさすがだと今になって思います。  幼稚園に入ってもやはり自己中を継続していた私にとって、頼りにできる友達が常に近くにいたことは幸運としか言いようがありません。 友達とはごっこ遊び