美術室の刺激的な空間づくり 第1回 展示の工夫

  趣味全開だった前回までの旅シリーズから本業の美術教育についての記事に戻ってきました。本業と言いましたが、どちらかと言うと美術教育は趣味です。というか仕事と趣味がもはや区別がなくなってしまった感が否めない今日この頃です。学級経営や部活動に関することもほぼ趣味のような感覚になっていると言えます。ただ、生徒指導関係で保護者と夜遅くまで連絡を取り合う時や、中学生とは思えない幼い行動でトラブルに発展し、指導しなければいけない時などは「仕事してるなぁ」と思います(笑)

 私が美術教育や学級経営、部活動など要は教育活動に関することを遊びや趣味だと考えるのは、これまで特に躊躇なく自分の資金をそれらに使って、道具や環境整備など、「寄付」と呼べることをしてきたことや、暇だと思った時には、教材研究や教室環境の改善、テニスコートの整備や道具の作成などで暇をつぶす習慣があるからです。仕事は給料が発生しますが、一般的に遊びや趣味はお金を払って楽しむものです。面白いことになりそうだからやる。ただそれだけの理由で色々と使えそうなものを購入しています。本当は学校の経費で出せるものもあるのですが、自分自身、趣味でやっているため申請をしにくいのと、100均やホームセンターで個人的な買い物をしているときに突然インスピレーションが湧いて教育に使えるものをついでに買ってしまうというなんとも困った特性をもっていることが関係して、かれこれこれまでに10年間で7桁を突破するぐらいの寄付をしていると思います。しかし、趣味に月1万円程度の費用と考えると、実は割とリーズナブルな趣味のようにも思えます。結局は考え方次第なのです。

 教育活動が趣味とは言っても、なんだかんだ一番自分が専門としているのは美術です。私は教育学部、教育学研究科の出身であるため、純粋な専門分野は美術の教育学になりますが、美術の分野で専門を強いてあげるなら美学になります。大学院で私が師事した先生は絵画が専門でしたが、絵の指導よりも、美学に関する指導の方が割合としては高かったです。それは私が当時実技がど素人であるのと、言語哲学に興味をもっていたことから、あえて美学中心の指導をされたのではないかと思います。私は美学を通して、人々とアートはどのように接していけるのかについて大いに考えることができました。そして一つの仮説に至りました。それは「適切な環境をもった美術室と、各々の良さをいかした作品制作ができる授業をデザインすれば、自然と美術を学ぶ姿勢は子どもたちに育まれていく」というものです。環境による影響力は大きいです。割れ窓理論というものがありますが、美術室の環境が悪ければ、そこで授業を受ける生徒のメンタルも悪くなり、それが作品の質や、生徒の満足度に悪影響が出ると思います。美術室は学校の中で五感が一番揺さぶられるような空間であるべきでしょう。以前の記事で、「汚部屋の改善」に関して書きましたが、今回からは美術室がより刺激的で魅力的な空間になる工夫についてお話をしていきます。

 美術室の刺激的な空間づくり、第1回は「展示の工夫」についてです。私は美術室を可能な限り作品で埋めます。部屋の機能性は犠牲にしないようにしつつ、壁という壁は作品が埋めます。美術室に入った瞬間にアートの世界に包まれる感覚を生徒や利用する人たちに感じて欲しいと考えています。それはあたかも彫刻やステンドグラス、宗教画などで神の偉大さを、とことん形にして大聖堂の全体を構成しているような状態です。大聖堂にいると、キリスト教について分っていようがいまいが、空間の中にいると、神の存在を大いに感じてしまうのと同様です。アートが身近にあると、普段アートについて全く考えていない生徒でも、1週間に1回はこの場所に来るわけなので、3年間で多少なりともアートは「身近なもの」という洗脳をすることができます(笑)

 展示の工夫を考える上で大切なことは、広い壁に作品を展示するのは当然のこととして、普通は展示しないようなところも展示スペースとしての可能性を探ることだと考えています。そういうところの展示は、そこに作品が展示されているだけで見る人を驚嘆させます。やり過ぎと周囲から突っ込まれるぐらいが丁度良いと思います。それでこそアートです。しかし、そういうアートの価値は決して悪いことではありません。突き抜ける時にアートは真価を発揮するものなので。

 以前には天井にまで作品を展示したことがありますが、天井の材質によってはそれが難しい場合もあります。全てをアートで埋め尽くしたいという情熱をもちつつも、状況に合わせて冷静に判断。とことんこだわった工夫は猪突猛進な行動だけでなく、限界の見極めもとても大切です。展示も「用と美」のバランスが求められるのです。

 作品だけでなく、制作に役立つものを掲示するのも美術室の環境を考える上で大切です。作品や制作に役立つものを掲示していると、「生徒が制作の際にそれを真似して個性のない作品になるから参考になるようなものは掲示しない方が良い」と言う美術の教師もいますが、私はこれに関しては全く違うと考えています。これはそもそも鑑賞教育を根本から否定しているようなものなのではないでしょうか。

 歴史上の色々な表現(キュビスムや印象派、フォービスムなど)を考えると、誰かの作品に影響されて始まっているのがほとんどです。ピカソやモネ、マチスといった先駆者に続く芸術家たちは真似とまではいかなくとも、非常に影響を受けた表現で、場合によっては先駆者の作品にかなり似た作品もたくさんあります。生徒が自分の意思を働かせて、感動する作品と出会い、自分の理想を表現するためにそれまでに出会ってきた表現をいかすことは極めて自然なことでしょう。生徒が感動する作品や表現方法と出会える環境を整えることは、美術教師にできる仕事の中でも非常に優先順位が高いのではないでしょうか。

 子どもたちは同じ学年の知り合いや、先輩の作品を見て大変刺激を受けます。そして「自分にもできる」と考える生徒も少なくはありません。こうなると、別にこちらから子どもたちに教えなくとも、自ら学ぼうとする姿をたくさん見ることができるようになります。そんな生徒がわざわざ展示されている作品や掲示物をそのままコピーした作品をつくるなんてことはありません。彼らはすでに美術の奥深さを感じ取り、表現で遊びたくて仕方がないような状態になっているのです。

 しかしこれとは逆に、子どもたちがそのまま真似をしようとする状況がつくり出される展示や授業についても、なんとなく想像することはできます。もし展示作品が同じような作品ばかりであったら、先生が子どもたちに求めている一つの答えがあることは認識するでしょう。極端な話、展示作品が写実的な作品だけなら、その中でデフォルメや表現主義的なものを作品にする生徒は出にくいと思います。また、授業の中でも教師が子どもたち独自の工夫を見取らず、特定の表現に誘導しようとするのであれば、その表現の例として展示作品を真似することでしょう。表現の自由が許されていないのであれば、すでに存在する正しい答えとしての表現を目指そうとするわけです。

 「素敵な芸術品とたくさん出会った人の表現と、美的なものに何も触れずに何もない部屋で過ごしてきた人の表現、どちらの方が素敵な作品をつくることができるか」。そう考えると誰でも分かることでしょう。ちなみにこの言葉は私が初めて赴任した学校でジャポニスムによる美術の交流について学習した授業の感想文にあった中2の生徒の言葉です。この感想の一部を見た時に、私は展示の可能性に確信をもちました。「どんな人でも環境が良ければ、何もないよりは間違いなく美意識は高まる」。そういうマインドを生徒から気づかせてもらったのです。

 教室の掲示物に関しては「子どもたちの集中力を逸らさないためにもなるべく少ない方が良い」という考えもあります。教室のユニバーサルデザイン化として言われているものです。これは一応、私もその効果に関しては認める部分があります。授業に関係のないものが刺激物として目に入るのは、注意散漫な子どもにとっては授業に落ち着いてのぞめない要因になることもあるでしょう。しかし、それはあくまで授業に関係のない掲示物の場合です。美術の時間は教師の話を集中して聞く時間は他教科に比べて少ないのではないでしょうか。主体的に活動する時間を極力長くするのが私が目指す授業です。そう考えると、教室に制作に活用できるものを掲示したり、作品をたくさん展示することによるメリットは大きいと思います。美術の授業で、美術に関係することに気が逸れるというのであれば、それはむしろ喜ばしいことだと思います。

 ここで、展示スペースを広げる工夫を紹介します。私がよく用いるのがワイヤーネットです。これを釘やフックに吊るせば窓のスペースにも作品を吊るすことが容易になります。このワイヤーネットにダンボールのボードを吊るすことで、上の写真のような展示も可能になります。ダンボールボードにクリップで作品を固定すれば、文化祭での展示から美術室での展示の変更なども簡単にできますし、作品の取り外しも一瞬でできるので大変便利です。教室の外にもたくさんの展示スペースをワイヤーネットを駆使してやってきました。


 

 教室外の壁はコンクリートが多いと思います。そこに作品を展示するためには、コンクリートに塗られたペンキ塗装をなるべく剥がさない工夫が必要になります。作品一つひとつを両面テープでコンクリート面に貼ると、作品を剥がす際にペンキも剥がれ、壁が見るも無惨な状態になります。なるべくそうならないように、コンクリートの壁面に作品を掲示する場合は100均にも売ってある結束用の金属ケーブルフックがおすすめです。これはテープが金属に引っ付いていて、部屋の好きな場所に結束ポイントをつくることができる代物です。このフックにワイヤーネットを引っ掛けて展示場所増築完成です。100均に行くと使えるものが溢れています。工夫次第でいろんなことにいかせます。


 美術室の中だけでなく、外も作品を展示することによって美術室周辺がアートワールド化します。それぐらいのワールド感を出せば、美術に興味がない生徒でも、美術のパワーを認めざるを得ない状態になってくれることでしょう。もちろんそうならないワイルドチルドレンもいますが…。それを考えても仕方がないです。やれることをやるのが教師の務めであり、一人でも多くの生徒の深い学びを実現するきっかけ造りを継続していきたいものです。

 今回も長い話を最後まで読んでくださってありがとうございました。展示の工夫は無限です。これからも挑戦し続けたいですし、今やりたいと思っていることも非常にたくさんあります。また新しく有効な展示が実現した際には記事を書こうと思います。それまでしばしお待ちを…

 次回は美術室の掲示物と装飾についてお話をします。よかったらまた読んでやってください!それではまた来週!!

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