オリジナルの年賀状を大切な人に 〜SNS普及時代に考える年賀状の価値〜
最近年賀状を出す人が少なくなりましたね。今回年賀状の魅力について記事を書く私自身も基本的に自分から年賀状を出すことはありません(笑)。基本的にという言葉が入りしまいしたが、私は過去6年間、そして今年もですが、30枚以上は年賀状を出しています。「割と多いやん」と思われる人もいるかもしれませんが、これは私が担任をしている生徒の分がほとんどで、これに関しては自分から出しています。その他は送ってこられた場合に限って返すので、多くても40枚程度年賀状を書くという感じです。
これはあくまで私の個人的な考えになりますが、手抜き感のある年賀状になるのであれば、SNSを利用して挨拶した方がよほど価値があると思います。年賀状には新年の挨拶回りとしての役割があり、一年の感謝や普段会わない人との連絡を取る手段として価値がありますが、「挨拶程度にしかならない」というのが年賀状の不便なところです。
普段会っていない人で親しい人であれば、少し会話もしたいことでしょうが、紙の年賀状だと送り手がメッセージを送って、それに対して返事があるという程度で、まさかそこからさらに送り返すなんていう文通を始める人はいませんよね。「新年の挨拶に始まり、私たちは1年間で計100通のやり取りをしました!」なんていう人がいたらそれはそれである意味平安時代の貴族のようなことをしていて凄いですが、「どうしてLINEやメッセンジャーにせんかったん?」となりますよね。SNSなら形式的な相互のやり取りだけでなく、「最近ハマってることは何かない?」「今度久しぶりに一緒にテニスしませんか?」と気軽に聞けますし、動画や写真を送ることもできるので、内容のあるやり取りが容易にできます。関わりを大事にして年賀状を送るという人であれば、よほどSNSの方が生産性があるというわけで、SNSが年賀状に与えたダメージは計り知れないものがあります。
しかし、だからこそ年賀状の価値が見えてくると私は思います。本来、年賀状は特別大切な人に誠心誠意を込めて送るものでしょう。それが周りの人の目を気にして「あの人に送ったのであれば、この人にも」の状態で大量生産モードに入り、文章を考えるのも面倒ということで定型文の年賀状を出してしまう人がこれまで多くいたのではないでしょうか。そういう年賀状であれば、それこそSNSで良いわけで、手抜き感のある年賀状はもらっても大して嬉しくはないでしょう。そんな年賀状をもらって喜ぶのは年賀状の数を友達と競い合う子どもだけで十分です。ただし、SNSを利用されていない高齢者の方で、年賀状のやり取りがあることでお互いの息災を確認できるというのはある一定の価値が発揮されていると思います。しかし、デジタル社会の今後を考えると、私たちの世代ではお互いの息災を確認するために年賀状という手段は当てはまらないことは確実です。つまり、そのように時代とともに変化するような要素は年賀状の本質ではないということです。年賀状の本質はあくまで「特別大切な人」に感謝の気持ちを伝え、もらって嬉しいと思えるものにすることだと思います。
では、それはどのようなものになるか。結論から言うと送り手にしか発揮できない価値と貰い手が前進できるような要素を年賀状の中に詰め込むということです。
私が年賀状の価値について真剣に考えるようになったのは、私が中学校で担任を始めた時でした。美術教師ということで、授業に関連させたステンシルで絵付けをして、色々な色を実験して多様な仕上がりになるようにしました。これは単純に遊び感覚でやったわけですが、一枚一枚が特別な作品になるので、美術品として価値あるものになると思います。一般的な印刷のものは巷に溢れているので、年賀状のデザインに大きな価値がある訳ではありませんが、世界に一つというものになると、価値は跳ね上がるものです。結局オリジナリティが価値を生むわけで、いくら高価な加工がされていようと、それが大量生産の品であればそれ自体の価値は高くないと思います。私はたくさんの版画を制作することは大変だと思いながらも、配色や混色、質感など試行錯誤を楽しみながら、美術作品を年賀状という形で生み出す価値に気がつくことができました。
年賀状には美術作品としての魅力だけでなく、貰い手にとって意味のあるメッセージが入ることでさらに価値は高まります。私は職業柄、3学期には子どもたちの成長や活躍に関する所見を書くことになります。そのため、子どもたちの良いところや頑張っているところ、さらに成長のポイントについて普段からメモして整理しておく必要があります。年賀状にメッセージを書く際に、このメモが大変活躍します。メモがないとありきたりの「刺さらない」メッセージになりかねませんし、そもそも年末の期限が迫る時期に、書く内容をじっくり考えているとものすごくストレスになると思いますが、普段からメモしているので、「刺さる」であろう内容を書くことは容易です。もちろん、必ずしも子どもたちにメッセージが刺さり、行動がすぐ変化するかというとそうではないかもしれません。しかし、前向きになれるものが届いたと少しでも思ってもらえたら価値があると思います。とっておきのデザインとメッセージで、子どもたちがポジティブな気持ちで新年をスタートできるようにしたいものです。
しかし、ここまで読まれてきっと、「そうは言っても、美術教師だからそんなことができるんでしょ」「私は美術が苦手だから、そもそも版画や絵を年賀状に入れるなんて無理」と思われる方も多いかもしれません。しかし、これは単なる思い込みでしかありません。そもそも絵は誰もがユニークなものを描いていた時代がありますし、表現で「遊べている」実感があれば、必ず素敵な絵になります。デザインになると、少し技術が必要になりますが、その技術もそれほど難しいものではありません。
今回は誰もが簡単に始められるステンシルという版画の技法を紹介します。これは誰でも簡単にできて工夫次第でいくらでも魅力的な表現にできるので大変おすすめです。よかったら是非早速今年の年賀状制作でやってみてほしいと思います。ちなみに、この年賀状をステンシルで制作するものは中学校2年生の授業でやっているものです。どの生徒もとても素敵なデザインを考えて、制作で遊んでくれています。
まず、ステンシル版画の方法を説明しますと、
1.切り絵として成立するように、線を繋いでシンプルに下絵を描きます。
この際、線が繋がっていないと、切り抜いたときにバラバラになって版として成立しなくなるので注意しましょう。無理矢理線を付け足してしまうのも良いです。案外こういう線が作品の味になります。
2.下絵の線をマーカーなどで少し太めにして、線をはっきりさせます。
線を残してカッターで切り抜くため、線は明快にして、切り抜く際に安心感のある太い線にしておきましょう。線が細すぎて、切り抜きを進めていくとブチブチに切れてしまうようなことがないようにしましょう。
3.画用紙に下書き用紙をスティックのりで貼り付けし(直接画用紙に下書きした場合は不要)、線を残してカッターで切り抜きます。
スティックのりで貼り付けるのは、切り抜きが終わった後に下がき用紙を剥がす際に、スティックのりなら剥がしやすいためです。なので、のり付けも割と大雑把で構いません.カッターでの切り抜きの際には残す線が多少太くなっても構わないので、線が切れないように切り抜きましょう。そのために、マーカーで太くした線から1ミリ程度外側を切り、安全重視で切るのもおすすめです。案外切り絵の線が太くなっても違和感はありません。カッターは肘で引くような感覚(書道の筆さばきのような感じ)で使うと、綺麗に切りやすいです。あと、カッターマットや厚紙をの上で切り抜き作業をするようにしましょう。
4.葉書の上に切り抜いた版をセットして、スポンジやスパッタリング(絵の具のついたブラシで網を擦ってスプレーのように色を飛ばす技法)で着彩します。
基本的にはスポンジで着彩する場合には水は含ませません。水が多いと、版の紙と葉書の間に色が入り込んで版画が崩壊します…。逆にスパッタリングの場合は少しブラシに水を含ませた状態で絵の具を取ります。網全体を使うことと、ブラシの弾力を活かすことでよく絵の具が散ってくれます。かなり飛び散るので、絵の具がついて欲しくないところは雑紙などを置いてマスキングしましょう。
版画は大量生産の手段であるため、1枚できたらさらにもう1枚と製作していきたいところです。そして、どんどん改良を加えたり、色を変えたりして遊び心を働かせてやることがとても大事になります。完成作品を生み出しながら、さらに進化させていけるのが版画の魅力です。こんなに自分の工夫のビフォー&アフターが実感できて、メタ認知に溢れた教材はなかなかないので、中学校の授業ではなるべく複数枚版画をつくって色々発見してみるように指導しています。
以上が制作方法についてでした。ステンシルでの年賀状はとても作業が簡単なので是非トライしてみてほしいです。
ところで、この文章を読まれている皆さんの中には依然として難しいと思っている人もいるのではないかと思います。絵はシンプルに描けば良いですし、着彩は色の着き具合を把握しながら進められるので、技法的にはかなり難易度自体は低めの課題です。それにもかかわらず、「難しい」と考えるのは、きっと「どんなデザインにしたら良いか」という発想での面に不安があるというのがあげられるのではないでしょうか。実はちょっとした方法と知識を実践するだけでこの問題は解決します。
まず、発想に関してですが、これについてはマインドマップという体系的なメモの方法を使うと、簡単に構造的に連想をすることができるため、誰でもアイディアが爆発します。このマインドマップの力はポケモンでいうところのいきなりレベル100に上げる裏技と同等の劇的進化を実感できるものだと私は思います。勉強も全てマインドマップを活用しながら学べば間違いなくレベルアップするのに、それが依然として一般的になっていないところに禁断の果実感があります。ちなみに授業では下図のようなマインドマップでイメージを広げるところから始めます。
今回は紹介する程度にしますが、シュルレアリスムのアーティストが実践した方法で自動記述法(オートマティスム)というものがありますが、これも完全にチートレベルのアイディア爆発法です。これは心を無にして言葉を書きまくり、無意識の世界を解放して、そこに出てきたものを結びつけて新しい世界を創造するというものです。心を無にして言葉を書きまくるので、当然欲にまみれたとんでもない言葉も出ますが、それも人間なら当然のこととしてナチュラルに受け止めます(笑)。こんな活動を通して生まれた生徒の作品はどれも強烈な個性と、超現実的(ある意味めちゃ現実的という意味)な世界観をもったものになります。こんな内容の授業なので、「発想・構想の能力」という通知表の観点は多くの生徒にAがつきますが、全員が力を発揮してAを取れるように指導を工夫するのが教師の使命と考えていますので問題ありません。
このように発想を爆発させる方法があり、年賀状というデザインに関するものを考えるん場合であれば、マインドマップで関係ある事柄を構造的に連想して、そこに出てきた要素を形や色に生かすと、素敵な作品が出来やすいということです。
それともう一つ知識面で大事なことがあります。それは構成美というものです。シンメトリー、リピテーション、グラデーション、リズム、ムーブメント、アクセント、バランスなどがありますが、これらを少し参考にするだけで、簡単に優れたデザインに見えるようになります。この構成美というものは、人類が長い歴史の中で発見した自然界の美しい形を参考にしています。なぜこのような構成を美しいと感じるかについては、話を深めるとあまりに深くなりすぎてマントルに到達しそうなので、ここでは省略しますが。一応分かりやすく説明すると、構成美は何かしらの自然界の生命感に繋がっており、「人類は種の繁栄のために生命感のあるものが良いものであり美しい」と考えるようになったと考えられています。
つまり構成美さえ利用すれば、それを見る人は本能的に美しいと感じてしまうのです。そう考えると、この構成美の要素を意識的に利用することがとても重要であることが見えてきます。あまり組み合わせすぎると、ごやごちゃになりやすく、難易度も上がるので、シンプルに構成美を利用することをお勧めします。
このように発想面でも、少しだけポイントを抑えれば、オリジナリティ溢れる素敵なデザインを考えることも可能になります。後は鉛筆を手に持って画用紙かメモする紙にかき始めるのみです。ちなみに、絵の上手下手も関係ありません。ステンシルはデフォルメした形で描くしかないため、強烈にデフォルメされた絵の方がインパクトがあって魅力的になる可能性もあります。大事なことはまず表現を楽しむことです。楽しんで遊んでいるうちに優れた作品の域に達するものです。それを信じて表現で遊びこんでみて欲しいと思います。
このようにしてできあがった年賀状は極上の一枚になるはずです。年賀状を作成すること自体が楽しいですし、貰い手も書かれている内容云々以前に版画自体に感動してくれる可能性もあります。新年に感動を届けて良い1年の始まりを迎えてもらえたら素敵ですね。別にそれは美しくできた版画だけでなくても大丈夫だと思います。ちょっと失敗して不格好な感じになっても、それはそれで味になって微笑ましい新年のスタートになります。挑戦したことや誠意は相手にも伝わります。私はそういうことがとても大事だと思います。
SNSが普及した時代だからこそ、年賀状ならではの魅力について考え、その価値をいかせたら良いですね。量ではなく質の面でこれからの時代は人間が活躍することが求められるようになります。もしかしたら年賀状のように一見廃れてしまったようなものにも、人間の創造力で再生させることができるものがあるかもしれません。この先、そんなものをたくさん見つけて、その価値について発信していきたいと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました。今年も年賀状の時期になり、例年の如くクラスの子どもたちに送る年賀状の版画を大量生産しました。今回も色々遊んで学ぶことができました。ステンシルでの年賀状を是非皆さんもトライしてみてください。
次回の記事は今年最終回となります。2020年はコロナによる影響がとてつもなく大きかったですが、そんな年だからこそ、私は新しいことを考え、大いに成長することができた最高の1年だったと思います。そんな「最高の1年になった要素トップ5」を私なりに考えてみましたので、次回の記事を楽しみにしていただけると嬉しいです。それではまた来週!
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