定期考査における美術科の意義と今後の在り方

 2月も末になり、学年末考査の時期になっている学校も多いのではないかと思います。美術科は実技がメインであり、定期考査がない学校も珍しくはありません。私自身、美術の教科性から考えて、定期考査が最善の方法かというとそうではないと考えています。私としては定期考査よりは、より深く美術について思考でき、気づきを生むであろうレポートの方が子どもたちのためになると考えています。しかし、そうは言っても今ある定期考査を雑に扱うことはできません。定期考査といえども中1であれば年間45回のうちの3回が定期考査であり、中2・3にとっては年間35回のうちの3回(3年生は学年末がないため2回の学校が多いと思います)もあり、貴重な美術の学習の時間と考えたいところです。むしろ、教師にとってはたった1時間でたくさんのクラスを同時に授業できる超効率的な学習の機会ぐらいに考えるようにしています。テストにはこれまでの学習のエッセンスを詰め込んで、学びと気づきに溢れた1時間にする。これが私のテストへのこだわりです。なので美術の定期考査に向けて作るテスト対策プリントの段階からかなりこだわったものを作ります。最近は実技問題のトレーニングのために動画を作り、QRコードを読み取って学習に当てられるようにするというのも始めたぐらいです。



 今回の記事では定期考査における美術科の意義について、私自身が取り組んでいるものを紹介しつつ考えました。今回この記事を書きながら考えが深まったのを実感しているのですが、それゆえにすでに作成してきたテストの不十分さにもどかしい思いがしましたが、今後に向けて少しポジティブな手応えを掴めたことが大切だと、自分自身を慰めたいと思います(笑)

 大学4回生の途中で美術に目覚め、まだ美術を志して10数年という青さの塊のような私ですが、私なりに真剣にこの10数年は美術教育と向き合ってきたつもりです。少しでも今回の内容が美術教育と関わりのある人だけでなく、他教科や他校種、美術や教育と関わりのある人にとって意味のあるものになればと考えています。

 今回の内容は以下の通りです。


1.美術的思考を使う問題を重視すること

2.一人ひとりの発想や気づきを認める機会にすること

3.内発的動機付けや遊びの要素を入れること

4.今後のあるべき姿について


という感じで最後には今後美術のテストはどうなっていくべきかについても考えました。今回もかなりのボリュームになると思いますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。


1.美術的思考を使う問題を重視すること

 美術の定期考査では知識に関することと、実技に関することから問題を作成しています。今年までの学習指導要領では美術を評価する上で「知識」に関する観点は存在しないので、本来なら定期考査の必要性はないと私は考えていますが、美術が定期考査に存在するからには他教科同様に知識に関することを入れざるを得ないという側面があります。この点に関しては来年度から施行される中学校の学習指導要領で知識が観点に認められるようになったので、定期考査で知識に関する問題を扱うことが容易になります。これまでは知識も深いものであれば、作品を味わうための能力になりえるという拡大解釈のもと、「鑑賞の能力」という観点に入れるというのが一般的に行われていたというのが私の実感するところです。

 しかし、新学習指導要領のもと知識がテストで扱いやすくなったといっても、学習指導要領としては、美術科における知識はただ暗記しただけの活用できない知識を扱うことには否定的です。

 ではどのような知識を問うのかというと、「活用可能な知識」になります。実技が主な活動になる美術では活用性に基づいた知識が必要になります。ただただ色の種類で「ターコイズブルー」「ウルトラマリン」といった青系統の色を覚え、それぞれの色の分別がつく程度では、全く活用性がありません。あくまで制作などをする場面でどのように知識がいかされるかが視点になければまともな知識にはならないと私は考えています。

 例えば制作の場面で、

生徒A「この部分の色はどうするつもり?」

生徒B「ロースピンクを塗る」

生徒A「ローズピンク?どうして!?」

生徒B「色の名前が格好良いから」

 みたいなレベルの知識だと、はっきり言って制作に関して言うと「ピンクを塗る」と言っているのと本質的には変わらないと思います。ローズピンクを使うのであれば、「赤みが弱く、少し紫にも見える優しい色で、薔薇のように柔らかく匂いそうな雰囲気を出したいから」というように、色の効果に注目して活用できるというのが大切です。色についてただ名前を知っているだけでは全くもって生きた知識にはなりません。

 知識を問う問題でよくあるのが、作者名と作品名を答えるというもの。私は作者名を出す場合、美術的会話をする上で必要不可欠レベルの作者(印象派のモネ、キュビスムのピカソ、フォービスムのマティスなど)であれば、制作を促す際の例えとして使えるので覚える必要があると思いますが、必要以上に画家の名前を覚えたり、作品名を覚えたりするようなことは求めません。将来画商やプロの画家になるというのであれば作品の名前を知っておいても損はないかもしれませんが、そうではないのがほとんどです。そういう生徒にとっては作品名を覚えるぐらいなら、印象派やキュビスム、フォービスムの表現について理解し、制作や考え方として活用可能なものに深める方が余程大切だと思います。

 なので、テストでは思考を通して見えてくるような知識問題を大切にしています。例えば、ピカソのキュビスムとはどのような表現方法であったかを説明する知識問題を出す際には必ず「泣く女」などの図を問題に載せ、キュビスムという言葉から「多視点で捉えて平面で再構築」という言葉がパッと出てこなくても、図を見て思考したら表現の特徴に気が付けるような状態で問題を出します。

 授業プリントやテスト対策プリントにはもちろんキュビスムに関する説明の文章は載せていますが、それを丸暗記しなくても、なんとなく意味で掴んでさえいれば作品を見たときに「語る」ことができる可能性は高くなります。私としては、ものを見たときに何かを語ることができる知識があれば十分だと思います。ピカソの「泣く女」であれば、「泣くという行為を多面的に捉え、ハンカチを噛むという行為と、涙を拭くという行為を一緒に描き、「泣く」という行為を凝縮した、ある意味現実的な絵」「多視点で捉えることによって透視図法的には表せない、対象の本性を表せる表現」といった「意味」が理解できていてこそキュビスムの魅力が分かりますし、ピカソの偉大さを感じることもできるというものです。逆に言葉だけ知っていて、自分の言葉で語れないような知識はその場限りで忘れ去られる虚しいものではないでしょうか。

 美術の学習を通して、美的に語ることができる知識を身につけられるように、テストでは思考した先の生きた知識を問えるようにしたいですし、普段の授業でも生きた知識について考えられる機会を制作や鑑賞を通して生徒に提供していきたいと思います。


2.一人ひとりの発想や気づきを認める機会にすること

 美術の学習には明確な答えと言えるものがあまりありません。自分たちで答えを作り出し、その中で美術的判断能力を培っていけるようにすることが大切です。そのような美術を教育する上で、テストの際に大事にしたいことは子どもたちに多様な解答が可能な問題を提供することです。

 普段の授業では子どもたちの制作を毎時間チェックしていますが、子どもたちが作品の評価を知ることはありません。通知表が返ってきた時に観点別評価でA〜Cを確認して大体の作品の評価を知るというのが一般的です。授業中には机間指導をしながら一人ひとりの工夫できているところを認めて、制作意欲を促進していくようにしていますが、それが果たして本当に認められているのかどうか、疑い深い子どもであれば疑問に思い、「本当にこんな表現が認められているのかな?これで本当に良い評価がされているのか?」と心の中で考えることもあると思います。このように考えてしまううちは美術が苦手教科ではなくとも、あまり好きな状態ではないと言えるかもしれません。本当に好きなら、成績に関わる良い評価がされているかどうかを気にしなくなります。

 しかし、残念ながら美術が好きな状態から始まるのは中学校では割と珍しいケースなのかもしれません。1年生の1回目の授業で簡単なアンケートをします。「絵を描いたり粘土で表現するのが好きな人手を挙げて!」という形で調べると、多くの子どもたちが嫌いに手を挙げるところから始まります。良くて半分半分という感じです。嫌いな理由を聞くと「上手に表現できないから」というのが大半なのは察しがつくと思います。そのような子どもたちは「先生はきっと自分の作品が下手だから認めてくれない」という強烈な先入観をもっている可能性さえあります。

 そんな子どもたちが、もしもテストで自分の発想が問われるものがあって、自分なりに考えて表現したものが満点評価で返ってきたらどうでしょう。きっと教師に対する疑いの目はなくなり、自由に表現できることへの手応えを感じることになると思います。

 私は下のような三原色を用いての表現(印象派〜後期印象派に関する単元で学んだことを生かす実技問題)をこれまでに問題に設定してきました。


 この実技問題では自由にリンゴの色使いのテーマを決めることができ、テーマ設定が苦手な生徒のためにテーマの例も出しておいて自由に選択できるようにしています。こうすると、実に多様なリンゴが生まれます。採点に関していうと、色使いのテーマが設定できて三原色を使って表現し、色使いで工夫したことを説明できていたら基本的に満点の設定で、大抵の生徒がこの問題では満点になります。こうして彼らに「自分の表現をしたら大丈夫!」という承認の姿勢を示す機会になるようにしています

 このようなことをすると採点が甘いのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、私としては自分の思考を使い、工夫して表現したものはどれも否定できないものであり、描くプロセスも含めて考えると、十分に評価するべきものだと思います。少なくともただ知識を丸覚えして解いた数問分の価値よりもあるでしょう。

 こうして、一人ひとりの発想や表現を明らかに認めることで、制作の時間での安心感にもつながり、個人個人のもつ表現力が創出されるようになりますし、そのためのきっかけづくりが定期考査の大切な役割であると私は考えています。

 また、上の写真にも載っていますが、美術の授業を通して学べた大切なことについて自由作文するのも、子どもたちの考えや気づきを認め、モチベーションの向上につながると考えています。これも内容が美術の授業で学べたことであれば、最低限の文量を越してさえいたら満点という設定にしているので、大抵の場合これも満点になります。

 経験したことを言語化するというのはかなり意味のあることだと考えています。これによってメタ認知(自覚)を起こし、自分自身の学びを意味として感じることができる可能性が高まります。中にはテストで点を取るために本当はそれほど大事だと思っていないようなことを書く生徒もいるかもしれませんが、それでもある程度の量の文章を書くとなると、それなりの気づきや学びの実感が必要になります。これだけでもそれなりの価値があると言えますが、こういうことを定期考査の度に積み重ねていると文章の内容が大変深いものになっていくのが分かります。

 定期考査という機会ですが、そこに子どもたちの発想や思いをぶつけられる問題を設定することで、ただの評価するための機会から、成長ができる機会へと姿を変えます。この他にも、「原始時代の美術的作品はどのような思いから作られていたと考えられるか」や「」パブリックアートの存在する意味は何か」といった一つの答えに絞られないような問題もたくさん入れて、自分の発想で答えられるようにしています。

 点数として出さなければいけないのが定期考査ですが、なるべく多くの子どもが自分の発想力で点が取れるようにし、その中で学んできた知識を活用することが役に立つことも実感できるように問題を設定することが大切になります。

 

3.内発的動機付けや遊びの要素を入れること

 テストを通して美術により興味をもつことができるようになるのが理想です。そのために、先に述べた自分の自由な発想や授業での気づきがいかせる問題が大切になりますが、このような問題を考える上で「内発的動機付け」や「遊び」の要素を入れることがキーポイントになると考えています。


 先に説明した問題に関していうと、リンゴを三原色で色使いにテーマをもたせて表現する問題や自由作文はテストの時間が余っていれば時間いっぱい取り組んで工夫したり、考えを詰め込んだりすることができます。そういった熱量のある表現には採点する際にコメントを入れたり、強く共感したところにアンダーラインを入れるなどしてフィードバックするようにしています。この際、フィードバックで気をつけているのは単純に「うまい」「すごい」といった形容詞ではなくて、具体的にどういうところが工夫されていて、何が生かされていて、深く考えることができているのかについてコメントします。

 フィードバックが生徒のメタ認知を促すものになれば、それがそのまま次の時間からの制作に生かされることも考えられます。そういう自分自身の成長を実感した際の幸福感は、内発的動機付けを導きます。多くの場合が良い成績を取るために解答するというものがテストでは一般的ですが、これは成果報酬を期待する外発的動機付け要素が非常に強いものです。しかし、これは成績や給料といった報酬がなければ行動しなくなるという負の側面をもっているため、これが勉強に反映された時、根本的な学習意欲が低下することにつながる恐れがあります

 元々は勉強することが大好きだった子どもも、「成績」「評価」というものによって優劣をつけられ、数値的な「良い結果」を求めて学ぶ楽しさが埋もれていってしまうという現象が多くの場合当てはまるのではないでしょうか。私自身も子ども時代を振り返ってそうだったという実感があります。勉強自体は好きでしたが、友達との点数競争で中学校から高校時代のセンター試験受験まで楽しさは二の次状態が続きました。その後、2次試験に向けて自分の得意教科だけを勉強するという幸せな期間を迎え、再び勉強する楽しさを感じられるようになり、学力がそれまで以上に伸びました。

 しかし、内発的動機付けを促進するような問題を設定していると、定期考査の度に記述内容や表現が美術的思考能力を駆使したものに変化していく生徒が出てきます。テストの時間が余って暇を感じた時に、その暇を潰せる要素、つまり「遊び」が入っているというのは美術という創造力を大切にする教科において非常に大切だと思います。実技表現の問題の場合、表現方法自体が魅力をもつものであれば自然と遊ぶようになります。先の三原色を用いた問題であれば、解答用紙を実験場のように使い、色々な色使いや模様を描いていたり、自由作文であれば解答用紙からはみ出して、書きたいことを書くような生徒も出てきます。「暇を潰せる」遊びの要素を考えることに美術というエンターテイメントに関係の深い教科を教える者としてプライドをかけて取り組んでいきたいと思います。

 

4.今後のあるべき姿について

 冒頭でも述べましたが、美術はテストよりもレポートの方が良いと考えていますが、定期考査がある限り、テスト内容にとことんこだわっていきたいと思います。よく、私の問題を見た他の先生が「採点て大変じゃない?」と聞いてきますが、多様な表現を見ることができる解答は採点していて楽しいため、労働しているというよりは鑑賞をしている感覚に近いと言えるかもしれません。まずは自分自身がテストを通してより楽しめるものにしていくことが優先事項と考えています。

 また、テスト範囲に関連させて、思考を促したり、問題を解くヒントになるだけでなく、学習内容についてより深いメタ認知を促せるような「仕掛け」づくりもしていきたいと考えています。「テスト」という固定観念に縛られずに、テストを楽しい学びの機会にしていけるように、他教科の先生たちともそういう考えを共有していきたいです。そうして「主体的な学び」が実現できるようにしていくことが私たちのミッションであると思います。



 最近始めたことの一つにテスト用紙に余り(遊び)のスペースがあればそこに価値ある情報を埋め込む工夫をするようにしています。こんなものを見ると、「どうしてテストにこんなものが?」と思われるかもしれませんが、そこで「なるほど!そういうことか!」という所謂「アハ体験」ができるような仕掛けができるかどうかが自分にとって良い挑戦になっています。これをするためには普段の授業で学びの本質について考えていないと、子どもたちになかなか刺さるものにならないので、子どもたちに授業の振り返りをさせているときに、自分自身も記録に残るような形で授業の振り返りをする形を作りたいと思います。

 今回テストを作成してからこのブログを書いたため、今更になって「もっとこうしておけばよかった…」と思うこともありましたが、こうして文章に起こして考えを深めることができたので今後につなげていきたいと思います。そして、テストの内容や学ぶ知識h体験に基づいた時に価値を発揮することを自覚し、普段の授業にも生かしていけるように精進していくつもりです。


 最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は定期考査における美術科の意義について考え、最後に今後のあり方についても記事を書かせていただきました。今回の内容がどれだけの人の興味に触れるものかは分かりませんが、新しい学力観が叫ばれている現代の日本の教育に必要な考えだと思っています。読んでいただいた方にとって少しでも参考になるものであれば嬉しいです。


 次回は最近始めた感情絵日記について記事を書く予定です。私は日記を普段からつけていますが、絵日記はつけていませんでした。たまたまArt  Journalingについての海外の記事を見つけたので始めてみたのですが、これが美術的に価値のあることを超えて自分への理解が深まり、瞑想と同じようなメンタル面でのメリットもあることが見えてきました。そんな感情絵日記について紹介しますので、よかったらまた目を通してもらえると嬉しいです。

 それではまた!



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