感情絵日記に取り組んでみて

  


 今回は私が最近始めた感情絵日記について紹介します。これはたまたま海外の方のTwitterの投稿でVisual Journalingというものについての記事を見て、私自身いつかやってみたいと思っていた内容と似ていると感じたので、試しにやり始めたものです。Visual Journalingは直訳すると「視覚的な日記」と言うもので、要は絵日記ということです。

https://theartofeducation.edu/2020/11/18/4-ways-to-use-visual-journaling-to-support-advanced-artists/

 このVisual Journalingでは絵や文字、雑誌の切り抜きなどを活用して、スケッチブックに美術的なアイディアを貯めていきます。これをするとそれまで関係を意識したこともないようなものが繋がりあって、新しい発想や関心が生まれるなど、様々な効果が期待できます

 私自身、美術の教師をしていながら、実は普段は絵をほとんど描きません。どちらかというと絵を描くよりも本を読んで美術を含めた様々な分野の勉強をしたり、スポーツをしたりする方が好きなぐらいです。そんな絵を描かない私にとってがっつり絵を毎日描くのはハードルが高いです。私が絵を描くのは必要に迫られた時が殆どです。その時は割と集中的に取り組むことができますが、普段は美術教師失格レベルの描画量です(苦笑)。筆よりもテニスラケットの方が好きな美術教師です…。

 そんな私が毎日描き続けることができる絵日記とは何かについて考えていて思いついたのが感情絵日記です。私は具象画の場合、少々気合が必要になりますが、抽象画は非常に好きで、ただただ形と色で自由に遊べるところが抽象画の魅力です。しかし、ただ形と色で遊ぶだけの抽象画では造形遊びと基本的には変わらないので、私は「その日を振り返る感情」をテーマに1週間で一枚の紙を抽象画で埋めるというやり方で始めてみました。これなら数分あれば描くことができるので取り組みやすいです。



 私はこの感情絵日記を今年の2月から始めたばかりですが、この短い期間にこの有効性を様々な点で発見することができ、美術が専門ではなかったり、普段美術とあまり関わりのない人でも取り組む価値があると考えるに至ったので、今回記事を書くことにしました。

 私自身の経験値がまだ低い感情絵日記ですが、これまで私が研究してきたことや、情報収集してきた知識と関連させると、かなり意義があることだと考えているので、少しでも役に立つ情報を今回の記事にまとめたいと思います。

 今回私がお話しする感情絵日記の魅力は大きく3つあります。

1.自分の感情を知って心に余裕をもたせる

2.無限の形と色、構成

3.美術の教材としての可能性

 順を追って美術教育に関連する要素が強くなっていく構成にしていますので、興味のある範囲で読んでいただけたらと思います。


1.自分の感情を知って心に余裕をもたせる

 感情絵日記では1日を振り返り、その日の印象に合った色と形を考えます。形も色も自由。しかし、突然自由に描いても良いと言われたら多くの人が何を描いたら良いのか分からないのがほとんどで、結局「知っている何か」をモチーフにして描くことがほとんどでしょう。そして、既知のものを描く不自由さはきっと多くの人が実感するところでしょう。どうしても本物に縛られてそれらしく描こうとしてしまう傾向があると思います。

 実は形や色を感情に合わせて自由に描くというのは理性で感性に制限をかけることを覚えた人たちにとっては、その制限を解くためのちょっとした知識が必要なのです。子どもの頃は直感的に形と色で表現できていましたが、あれはモチーフや絵画への固定観念化が進んでいなかったからこそです。アール・ブリュットというジャンルもありますが、既存の枠に囚われない時、人はとことん表現的になれる可能性があります

 抽象画はただ形と色をぐちゃぐちゃに描いたり、意味もなくシンプルに描いたわけではありません。抽象画で有名なカンディンスキーは音楽という抽象的な芸術を視覚芸術である絵画で表現したことで有名です。彼は音楽の雰囲気に合わせて色や形、構成を考えて構成画をたくさん残しました。


 カンディンスキーの完成作品を見て具体的にどのように音楽とリンクさせて描いたのかを掴むのは至難の技ですが、形や色に雰囲気があるというのは忘れてはいけない大切なポイントになります。

 これに関して参考にできる私の教材があるので、これを用いながら抽象画で雰囲気を表現する方法について解説します。下の図は「私の模様」という中学1年生用の教材です。私を表す要素を特徴や性格から書き出し、それに合わせて色や形を想像します。これをすると、それまで抽象画に取り組んだことがない生徒でも「雰囲気−色−形」をリンクさせて考えることができます。後はメモした要素を好きなように組み合わせて遊びながら抽象画を構成していきます。

 


 抽象画の多くは実はこのように形や色が雰囲気や何かしらの意味と結びついて構成されており、制作者の視点に立って分析的に取り組むことで抽象画が実は非常に取り組みやすいものであり、表現の可能性に溢れたものであることに気がつくことができます。

 要は抽象画を描くときに意識するべきことは雰囲気を考え、それに合わせて色を考え、形を描いていくということです。いきなり「何を描こうか」とゴールを考えてしまうのではなく、スモールステップで表現を発展させていくことで誰にでも描くことができるのが抽象画です。このことを踏まえた上で、感情という形のないものを絵にする日記に取り組んでほしいと思います。

 日記というもの自体が思考の整理やストレス軽減(心の中のものを吐き出すでけで浄化作用(カタルシス)が起きます)など、私たちに様々な良い効果をもたらしてくれることは周知の事実です。私の行なっている感情絵日記では絵だけでなく、その日の感情に関する言葉や文を端的に書き込むようにしています。こうすることで、ともすれば描いた後に内容を忘れてしまう恐れのある抽象画の弱点を補完するだけでなく、端的に1日の状況や感情をまとめるキーワードとしての重要な役目を担うことにもなります。

 私たちは自分の感情について振り返ることもなく日々なんとなく過ごしてしまいがちですが、そうしていると心の中にストレスが蓄積していってメンタルが悪化していく可能性があります。少なくともストレスを溜め込んで良いことにはならないでしょう。ストレスに関してはスタンフォード大学の研究でストレス自体は体に悪いものではなく、ストレスを発散するなど、上手に付き合うことでむしろ健康的で活動的になれるという研究結果が出ていますが、ストレスを溜め込んでしまうことが非常に危険なことに変わりありません。適度に発散する機会が日常に必要です。そういった意味で感情絵日記は非常に効果的であると私は考えています。

 その理由として、感情絵日記が色と形を使うことが大前提にあるということがあげられます。まずは色についてですが、感情を表現する際に、どのような色が良いか考えることになります。そして、自分の感情を色で表現することで心の中のものをより直接的に表すことになります。この感情と色についての関係については色彩表現の巨匠ヘンリー・マティスがフォービスムやカットアウトで実践したことからもうかがえます。自分の感情をしっかり表現することで、より心の中に溜め込んだものも浄化されると考えられます。そして色をさらに生かすのが形です。形によって心の動きを表現することが可能です。激しい動きやゆったりとした動きは形の組み合わせによって生まれます。

 こうして自分の心の分身のような抽象画を描いていくことで、ストレスを発散すると同時に、自分の感情と向き合うことになります。その上で、1日の感情をまとめる言葉を書き込むことで、たくさんの気づき(メタ認知)が得られます。

 もし、メタ認知できたものがポジティブなものであれば、それに関することを続けていくべきです。何が自分にとって好ましいものであり、マインドフルになれるものなのかを書き留めていくことで、ポジティブなマインドセットが形成されていくことでしょう。

 その一方で、メタ認知できたものがネガティブなものであれば、これからどうしていくかを考え、原因を突き止めて改善に向けて計画をする必要があります。自分にとって必要なことは何か、無駄なことをしてはいなかったか、その部分について考えることができれば、ネガティブな状況への自己対応力もついてくることでしょう。

 メンタルの及ぼす影響力はとても大きく、肉体疲労と精神疲労は実は同じ一つの疲労として脳が認知すると言われています。つまり、大した肉体疲労を起こしていないにもかかわらず、1日のデスクワークで疲れるのはメンタル面での疲労が非常に大きいということです。自分の感情と向き合い、メンタルを良い状態に保つだけでなく、望ましい行動や状態につなげ生活を改善していけると、心に余裕が生まれて活力が生まれ、バイタリティ溢れる日常を送ることができるようになるかもしれません。


2.無限の形と色、構成

 感情絵日記は抽象画であるため、色や形、構成が何かの固定したモチーフに縛られることがなく、自由に描くことができます。その自由さで遊びながらでも自然と描けてしまうのが抽象画の魅力の一つと言えるでしょう。感情というテーマ、いわゆる「縛り」のようなものがあったとしても、例えば「怒り」であれば赤、黒、紫など色をたくさん連想することができますし、形も無限に描くことができます。そもそも「お手本」が存在するような写し取る絵でない限り、正解の形はありません。

 色や形はそれ単体でも無限の種類がありますが、これらを構成によって組み合わせた時にその世界は爆発的に広がります。何かと何かが組み合わさって、それぞれが生かされている時、新しい意味が生まれます。例えば赤(熱)と青(冷)が重なったり組み合わさった時に冷静と情熱の間のなんとも言えない定まらない感情が生まれたり、ガチャガチャのうるさい形に柔らかい形が被さるとうるささを包み込むような雰囲気が生まれたりもします。

 このような複雑な色と形、構成の先に生まれてくるのが「個性」であると私は考えています。そのようなことを言うと、シンプルな絵は個性がないことになるのかと言われそうなので、補足しておきますが、私は何も考えておらず深みのない「シンプル」には個性が乏しいと感じますが、俳句のような短い文の中に一冊の本のような世界が詰まっているような「シンプル」は、まさに「シンプル・イズ・ベスト」と言っていいでしょうし、それは個性溢れるものだと考えています。要は誰でも手を抜いてすぐにできるようなものにも個性と言えるものはあるかもしれませんが、そのような個性が貴重なものであるかというとかなり怪しいものではないでしょうか。輝く個性というのは複雑で多様な要素があってこそだと思います。その人にしか出せない模様。感情絵日記には個性溢れる世界が広がります。

 しかし、ある人はこのような絵に自分の感情を知ること以外になんの価値があるのかと考えるかもしれません。「確かに色と形、構成によって個性的な絵が生まれるかもしれないが、それだけのことで他者にとって何の価値にもならない自己満足のものでは。」という思いになる人はいることでしょう。多くの人にとって芸術は遊びのようなものであり、社会にとって優先順位の低いもの、造形的な表現力は一部の芸術家やデザイナー、または美術教育に携わる人だけが必要とするものと思われている傾向があります。

 このような考えに対して、私は強く危機感を感じます。なぜなら、私たちの生活は色と形、構成によって成り立っているのであり、それを選択したり自分で調整したりして生活しているわけです。この美的判断能力を疎かにして、この世界を自分に適したものに調整しながら生きていくことなんてできません。どんな人でも大なり小なり美的判断能力を生かしながら生活しているのです。つまり、色や形、構成を自在に操り、場合によっては無駄を省いてシンプルにするといったことは誰にとっても大切な営みとなるはずなのです。そして、これらと親密な生き方をしている人々は、まるで毎日を遊ぶかのように生きていると感じさせられます。

 近年、アート思考やデザイン思考といったものはこれからの時代をよりよく生きていく上で非常に重要なものとして注目を集めていますが、現代に生きる人々がアートやデザインの身近さ忘れている傾向があるからこそ強調されているようにも感じています。感情絵日記は意味を爆発させるアート思考、人々の生活に寄り添って問題を解決していくデザイン思考を掴むきっかけになり得るものだと私は思います。


3.美術の教材としての可能性

 最後に美術の教材としての可能性についても触れておきたいと思います。感情絵日記は毎日するものなので、美術の専門的な教育を行う学校であれば取り組むことも可能でしょうが、一般的な公立の中学校では様々な生徒がいるため、これを毎日取り組ませるのはあまりにも負担が大きいと言えます。

 しかし、毎回の授業の振り返りや制作中のメモとして感情絵日記的なことをすることは可能だと思います。そもそも私が参考にしたVisual Journalingはアイディアをスクラップするというやり方で、制作中の気づきやふと思い浮かんんだことをかき留めるものでした。なので、発想をかき留めて、それらを掛け合わせて新しいものを生み出すというのは取り組む価値がありますし、これなら非常に取り組ませやすいものだと思います。また、授業の最後には数分でできるその日の振り返りの時間があるので、そこで感情を書き留めるというのも可能だと思います。



 これまでに私は振り返りシートを使って授業での気付きやうまくいったこと、課題、または質問についてメモを書かせ、自己評価もさせてきました。さらに制作を進める中で大事だと思ったことをキーワードとして集め、それをマインドマップでつないでいくこともさせてきたのですが、このマインドマップをバージョンアップさせて感情絵日記のように絵とキーワードを貯めていくというのが可能であると考えています。また、制作中の自分自身の感情と向き合うことで制作をより良くするためのメンタリティについて認識を深めることにもつながるのではないかと思います。

 この様に感情絵日記とまではいかなくとも、制作の過程で絵や文字をメモして発想を膨らませたり、より良いメンタルで取り組むことが可能になれば、自ずと作品の進化にもつながり、結果として最後の作品鑑賞会で重要なことを整理し直すことにもなると考えています。

 来年度は是非この要素を授業に取り入れて、さらに子どもたちの個性を引き出しつつ、快適で充実した美術の時間を過ごしてもらえるように教材開発をしたいと思います。


 最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は感情絵日記の魅力と、それを生かした美術の教材について考えを書かせていただきました。

 私は全ての人に美術の大切さを深く学んでいただき、世の中が少しでも良い方向に進んでいけるように貢献したいという考えを大学4回生の時に抱き、美術教師になることを決断しました。感情絵日記は老若男女を問わずにできる非常に取り組みやすいもので、しかも非常に価値があるものでもあり、美術のエッセンスに触れられるようなものであると実感しています。もし、今回の記事で興味をもたれた人がいましたら、小さなスケッチブックで良いので準備していただき、一描きするところから始めてみてほしいと思います。私はこの先も続けていくつもりですし、さらにこの魅力について理解度を深めていきたいと考えています。

 次回は卒業シーズンを迎えるこの時期にぴったりの教材「スクラップブッキング」を紹介します。普通はアルバムのようなものに写真を貼り付けデコレーションしていくのがスクラップブッキングですが、私はB4木製パネルで製作するものを3年生を担当する時にはこれまでずっとやってきました。その木製パネルに中学生3年間の思い出を詰め込むという作品です。これは卒業制作としてやってきましたが、スクラップブッキング自体は大人でも楽しめるものなので、その魅力について紹介させて頂こうと思います。またよかったら見てください。

 それではまた!




 

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