スクラップブッキングの魅力 〜思い出をクリエイト〜


 

 今回は私が中学校3年生向けにこれまで卒業制作の一環として取り組み続けてきたスクラップブッキングについて紹介します。

 スクラップブッキングとは写真をアルバムやスケッチブックなどに貼り付け、デコレーションして思い出をより良いものにするクラフトです。最近は専用のスクラップブックも沢山商品になっていますね。今回は美術の教材として紹介しますが、私自身も試作品を作りつつとても良い経験をしてこられたので、美術教育に関係のない人にもお勧めしたいスクラップブッキングです。

 スクラップブッキングで中学校生活3年間の思い出を詰んだ作品を作ることには大きな意味があると考えています。中には辛くて寂しい3年間を送る生徒もいるかもしれませんが、そういう生徒にとっても、中学生としての3年間と向き合って作品を制作することは大切です。ただ、そういう生徒への配慮も当然大切なので、私の場合は作品のテーマは3年間のことであれば自由に設定可能であり、写真を使うかどうかも作者の自由にしています。なので、たまにクラフトと言うよりは、現代アートの作品が生まれることもありますが、それもまた作品の一つの形。無理矢理スクラップブッキングをさせようとしても、そういう場合は中途半端な作品になるだけなので、作者がやりたいようにサポートするまでです。このような例もありますが、多くの生徒が思い出の詰まった写真を用意して、こだわりの卒業制作に取り組む姿を見てきました。

 中学校生活3年間で子どもたちは思い出になる要素をたくさん経験します。しかし、いざ「3年間の思い出は?」と聞くとパッと話ができる生徒は多くありません。このような質問は高校入試に向けた面接練習でよく使うものですが、大抵は部活動、体育会、友達との時間などが上がります。そしてそれらを通して学べたことや感じたことを聞いても「協力することの大切さ」「困難を乗り越えて」「みんなで味わう達成感」みたいなテンプレート化されたような答えを聞くことがほとんどです。これは高校入試の面接なのでそれでも特に問題はないかもしれませんが、美術的にはテンプレート化された答えは決して好ましいものとは言えないでしょう。大切な思い出であれば、決してテンプレート化して簡単に語れるようなものではないはずです。スクラップブッキングは思い出と深く向き合うことを通して、「制作者ならでは」の個性的な視点を形にしていくことを可能にします。そして、思い出を自分なりに再構築するというクリエイティブな作業は思い出をより良いものにし、心に刻み込むことにもなります

 3年間の節目として作品を制作し、中学生という時間がどんな時間であったか真剣に振り返り、それを試行錯誤しながら自分のイメージに合う形にする経験を通して、自分について理解を深めることができます。このような自己理解はその後の自分の人生に何かしらの形でつながるものとなるでしょう。自分を生かせる人というのは特にこれからの時代必要とされるようになっていきます。


スクラップブッキングにどのように取り組むか

 ここからは私が授業でどのようにスクラップブッキングに取り組んできたかを紹介します。


まずはアイディアスケッチから

 この段階で発想を膨らませておくことが極めて大切です。最初にテーマを決めておいて、そこからマインドマップでイメージを広げていきます。こうすることで作品に何を使うのか考えることができるようになります。そして作品のイメージをスケッチして、より具体的な作品イメージができるようにします。

 これをしていると、「今の自分が大切にしていること」「自分にとって幸せとは何か」について自然とメタ認知することになります。そして自分を知ることにもなります。下の図は私が授業で使っているプリントです。大体どの制作でもテーマとマインドマップからイメージを膨らませるところから始めるようにしています。

 もちろん、発想は制作しながらさらに広がるものですが、制作を始める前に達成へのイメージを何となく形にしておけば作業がスムーズですし、ここで書き出したアイディアが豊富なら、制作中に行き詰まりを感じた時に事前のメモが生かせる可能性もあります。


 アイディアスケッチをしておくと、必要な材料を考えることにもなります。ここで必要な写真を探すことから始める生徒が多いですが、この作品のために写真やプリクラを撮りに遊びに行くという生徒も多いです。そして作品に使えそうなものを自分の部屋から探したり、100均やホームセンターに必要な材料を調達しに行ったりします。
 話が完全に逸れますが、このようなところに「主体的に取り組む宿題」の可能性があるのではないかと考えています。トレーニングのための宿題という考え方はそろそろ新しい時代を迎えるにあたって変えていくべき時が来ていると感じています。

アイディアスケッチが終了したら制作へ

 一般的なスクラップブッキングはアルバムのような台詞に写真を貼り付けデコレーションしていきますが、私が授業で用いるのはB4の木製パネルです。これを使う理由は沢山ありますが、簡単にまとめると、

1.枠のある側と平面の2種類の面があること。

2.木材として考えると、彫刻で加工することも可能。

といった点で木製パネルを使っています。この2つについて少し補足して説明をしていきたいと思います。


1.枠のある側と平面の2種類の面があること

 これによって制作者の作品プランに幅を持たせることができます。枠のある側は普通絵画作品として考えたときには裏面ですが、スクラップブッキングの場合、この枠を生かして装飾し、オモテ面として活用することが多いです。パネルの枠は本来決してそのような目的で存在しているわけではありませんが、「素材」として考えると、逆説的ですが枠に囚われない活用ができるようになります

  下の作品は私の試作品で、海外旅行に行った思い出をスクラップブッキングしました。これから見ても分かるように、枠の部分があるからこそ表現の要素が生まれています。私の場合、裏面はいずれもシンプルな平面表現にしましたが、これはあくまで私の作品の傾向でしかないと捉えていただけたらと思います。



 子どもたちの作品からは実に多様な表現を見ることができます。ある生徒は枠の出っ張りに自分で用意したスクラップブックを立てかけて、木製パネルのスペースを拡大させますし、枠に釘やフック、布を使ってカーテンを作って取り付けるなど、様々な工夫がこの枠から生まれます。枠のない面は本来は絵を描くためのパネルということもあり、平面的な表現に適しています。しかし、これまでにこの面に紙で制作した通学カバン(カバンの中には思い出の写真がいっぱい入れられていました)を貼り付けて大胆に加工している生徒がいたぐらいなので、平面だからと言って平面的に表現することに縛られる必要もないと思います。とにかく素材そのものを生かして自由に表現できるように教師は子どもたちのサポーターに徹します。彼らの可能性が発揮できるように教材と環境を整えることが大切と言えます。


2.木材として考えると、彫刻で活用することも可能

 木材は彫刻にも適しています。木製パネルに使われる木材は彫刻するにはやや柔らかいものが多いですが、それでも十分に彫刻を生かすことができる素材なので、特に枠の部分は個性を発揮して加工することが可能です

 細かい模様を掘る場合は彫刻専用ではないため過って木を削りすぎてしまう危険性があります。なのでそうならないように予め模様を下がきし、切り出し刀で切り込みを入れて、彫刻刀が下がきの線で止まるようにしておくことが大切です。これを怠っていきなり三角刀や丸刀でがっつり彫って木が剥がれると同時に子どもがショックで仰反るシーンを何度か見てきました(苦笑)。そういう場合は木工パテか欠けた木のかけらを木工用ボンドとクランプで強力に接着すればそれなりに元に戻るので、子どもがミスをしても「大丈夫!」とすかさずフォローを入れて修復をしてあげることも大切です。

 基本的に教師が子どもの作品に手を出すのはNGですが、このような場合は教師が作品に手をつけるのも仕方がないと思います。修復作業を子どもたちは経験したことがなく、どうやったらいいのか、または何ができるのかについてあまりにも知識がなさすぎるので、ミスをした時には教師がフォローをすかさず入れることが大切だと考えています。子どもたちにとってとても大切な作品なので、ミスで絶望して制作を投げ出してしまうようなことにならないように手を差し伸べるというというのは教師の大事な役割ではないでしょうか。ただし、助けてばかりというのも、子どもの成長にならないため、2度目以降は自分で修復させ、子どもが問題発生で打ち拉がれていないかどうか見守りを強化します。

 彫刻だけでなく、木材としての素材性もあるので、サンドペーパーで磨いたり、ニスを塗って木目を生かしたり、様々な加工が可能です。ある生徒はパネルを電動糸鋸機でくり抜き、透彫のような状態にすることもあります。

 彫刻をしたり、木材の素材性を生かしたりすると、非常に工芸品として質が高い印象を持つことができるようになります。彫刻は作業に時間がかかるため、あまりにも時間がかかる場合は時間数に限りのある美術の授業としては注意するべきところですが、可能であれば是非彫刻で素敵な加工をさせたいところです。


工芸の枠に囚われない表現

 中学校では平面で絵画・デザイン、立体で彫塑・彫刻・工芸といった分野を学習することになります。木製パネルを活用したスクラップブッキングは3年間の集大成としてこれら全ての要素を作品に詰め込むことが可能であり、必要に合わせて表現を選べるというのが魅力です。

 スクラップブッキング自体は工芸の分野として扱うものですが、そこに絵画の要素を入れるたり、デザインで学んだ表現で装飾性を上げたり、さらには紙粘土などを加えて彫塑・彫刻を入れてみるなど、総合的な造形力を生かすことで、作品は進化していきます。

 この「習ったことを生かす」「それによってより良いものにできる」「表現力の幅がつながりを生む」という学びの本質に迫る制作のプロセスが重要であると考えています。写真を用意するだけでなく、必要があれば、自分で材料を用意することにもなります。普段の生活で使えるものは何かないかと考えてみたり、100均などに行って素材を探したりするという行為が大切な感性を育みます。これまで特に何も魅力を感じていなかったようなものに活用性を見出し、それを生かせして自分のイメージを形にしたり、ありあわせの物で何とか実現する(ブリコラージュ)の視点をもてるようになると、生活の色々な場面でその視点が生かせるようになり、自分なりの最適化ができるようになっていきます。これこそ美術で子どもたちが身につけるべき「生きる力」ではないかと思います。

 これまでに見てきた作品で最も衝撃的だったものについてのエピソードがあります。ある生徒の作品に見慣れたボタンが接着されていました。そのボタンは紛れもなくiPhoneのホームボタンだったのです。その時、美術に対して揺るぎない偉大さを感じていた私でさえも、500円の木製パネルに数万円するiPhoneのホームボタンが付着していることに混乱しました。あまりに衝撃が大きかったので、本人にこの表現の意図を聞いたところ、「もう使わなくなったiPhoneがあったので、そのパーツを大切な卒業制作に使った」とのことでした。確かにもう使わない機材をただ持っていても仕方がないですが、それでも美術の作品のためにそこまでするかと思わされました。この時は表現の方法に驚愕すると同時に、制作にかける想いが固定観念を取っ払って誰もやらないような表現を生み出すことになることをその生徒から教えられ、大変な興奮を覚えました。

 ちなみにこの生徒は勉強は苦手で、美術の授業もこの卒業制作まではどちらかというとかなり手を抜くような状態でしたが、人はやる気に火がついたらとことんやってしまうものだという良い例だと思います。


スクラップブッキングを通して

 思い出を詰め込んで最高の作品にするために、使えるアイディアと素材は可能な限り使って完成した作品は自分だけの特別なものに仕上がります。自分にとって大切なことや、自分の幸せとは何かについて自分と向き合いながら制作をする経験は、自分自身の理解を促し、より自分を生かせる人に成長すると私は思います。

 スクラップブッキングなどの思い出を作品にするときの魅力というのは、美術やデザインの力で思い出が自分軸で「美しく」彩られ、クリエイトされるところにあると思います。自分の好きなように盛り盛りの魔法をかけることができるのも美術の力と言えるでしょう。

 中学校生活を終える際に、美術の力について深く学べる経験ができれば、きっとこの先の人生でも自分なりの答えを大切にして生きていく上での大きな助けになると思います。この先も私が3年生を担当した際にはスクラップブッキングで盛大に3年間の美術を終えられるようにしたいと考えています。そして、これまでよりもさらにもっとたくさんの生徒が自分の表現力を発揮して卒業制作に取り組み、大いに学び、逞しく生きていく力を伸ばしていけるように教材研究を続けていきたいと思います。


 最後まで読んでくださってありがとうございました。今回はスクラップブッキングの魅力とその授業実践に関する説明をさせていただきました。私は試作品として海外旅行の思い出をスクラップブッキングにまとめてきましたが、大人にとっても思い出を良いよくクリエイトする体験や、そういう作品が身近にあるというのは価値のあることだと思います。旅先で手に入れた品はなかなか捨てられないものですが、ただ眠らせておくだけというのも収納問題を引き起こすことにつながります。大体1年間触れなかったものは不要なものですが、旅で手に入れた品は不要なもの有力候補でしょう。しかし、それが作品として利用されると、全く違う働きを見せることになります。時間に余裕があれば是非スクラップブッキングに挑戦してみてください。

 次回は美術嫌いを克服する粘土の魅力について紹介します。美術に苦手意識があるという人には必見の内容にしたいと考えていますので、お時間があればまた見ていただけると幸いです。

 それではまた!


コメント

  1. 感動しました。小学校教員ですが、小学校図画工作でも「今まで学んだことを生かして」と言う要素が大事だと考えております。中学校美術で、このような実践が広がり、自分が好きなものや大切に考えていることが形になる15歳が増えることを切に願います。ものすごく勉強になりました。ありがとうございました。

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    返信
    1. コメントありがとうございます。

      美術は学んだことを自分の判断で生かす経験がとても大切で、それがあってこそ、本当の意味での力になります。
      学ぶことは決して成績や評価のためではなく、自分の人生の可能性が広がるものであり、作品はそれを物語る媒体と言えます。
      自分の人生を自らの手でクリエイトしていけるように、日々の美術教育を実践していきたいと思います。

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