美術教師として普段意識していること
いよいよ新年度を迎えますね。昨年度は自分の中ではかなり新しいことに挑戦した1年になったと思いますが、2021年度はさらに挑戦的な1年にしたいと思います。どこかにはぐれメタルがいて、会心の一撃か一か八かの魔神斬りで攻撃して倒すことができたら一気にレベルもアップしますが、なかなかそのようなチャンスは巡ってこないもの。普段からコツコツ修行を積み重ねていくことを大切にしたいです。ただ、もし目の前にはぐれメタルが出現したら、チャンスをものにできるように心の余裕を持ち続けておきたいと思います。
今回は「美術教師として普段意識していること」について記事を書いてみました。これをした理由は主に2つあって1つは他者の役に立ちたいこと、特に美術教師をしている人や今年から美術教師として働く人に「そんな考え方もあるんだなぁ」ぐらいには思って欲しいというのがあります。美術教師は学校に一人か二人程度しかいないので、あまりこういったことについて熱く話ができる人がいないのが難点です(苦笑)。その他の先生たちと話す機会は当然ありますが、そういった熱い話題を好んで話し合える人というのはレアな存在です。なので、このブログを通して吐き出します。つまり、他者のためというよりは自分のため。結果的に他者のためになればなお良いぐらいと考えています(笑)。
もう1つの理由が、このブログにまとめることによって、自分の意識をメタ認知に繋げ、より深い認識を持つことで、仕事の質を上げていきたいという思いがあるためです。日記などもそういった意味では非常に効果のあるものですが、より深いレベルで考え、それを他者の視線を感じつつ表現するというのがとても自分にとって挑戦的でもあるので、ブログの記事にさせていただきました。
今回の「美術教師として普段意識していること」の内容は次の通りです。
1.美の根源(美学)について考える
2.教材に使えるネタを探す
3.教室の環境改善
4.異文化的なものに触れる
5.運動習慣と健康的な生活
以上のような内容になりますが、これを見た印象はどうでしょうか。もしかしたら「絵を沢山描く」「美術館へ行く」といったイメージを持っていた人もいるかもしれません。私自身、これらの重要性は重々理解していますし、絵を描いたり美術館へ行くことは好きではありますが、それよりも大切にしたいこととして以上の5つをあげさせていただきました。
今回の内容は美術教師というよりは、むしろクリエイティブな生活をするために意識していることとして考えていただいても良いかもしれませんが、そもそも美術や教育に携わる人はクリエイティブであるべきだと私は考えていますので、美術教師ではない人にとっても多少は参考になるお話ができたらと思います。
1.美の根源(美学)について考える
美術教師として「美とは何か」について深い認識や広い見識を持っておくことは大前提だと考えています。「美」に対して狭い概念でしか捉えられていない状態では、子どもたちの多様な表現を理解することは困難です。
例えば、子どもの表現を肯定的に捉えるときに、どのような言葉かけをすることができるでしょうか。よく「上手だね」「本物そっくりだね」といった「褒め言葉」を耳にすることがあります。率直に言って、これらの言葉を聞くと「頼むからそんな言葉で褒めないで!」と思ってしまいます。美術における表現活動は決して「上手に」「本物そっくりに」色や形を見本に照らして再現することではありません。見本があるとしたらそれは作者の内面にある「未知の世界」になります。そのようなものを再現する場合、形や色が上手に本物そっくりに再現できているかどうかなんて関係がありません。
美学について学び、美の根源について普段から考えていると多様な角度から子どもたちの表現を見取って、工夫を発見することができるようになります。そのような状態になると、例えば次のような言葉かけをすることができるようになります。
「ワオ!この部分メチャ工夫しててすごく目立ってるし雰囲気を醸し出してるやん!これどういう意図でやったんかな?」
「ちょっとちょっと!なんか凄まじいことになってきてるやん!この部分の表現はどうやってやったん?」
「うわぁ…、だんだんらしさが出てきたなぁ。この作品のこだわりポイントはどこなんかな?」
「凄いなぁ!なんか見たことないものになってきたな!これからどうなっていくんかな!?」
これらは基本的に子どもたちに関心を示し、考えを引き出すための言葉かけになりますが、彼らの表現活動を見取って、工夫に気がつかなければ言葉かけをすることさえできません。これらの言葉はいわゆる「褒め言葉」ではありませんが、工夫を捉え、それを肯定するコミュニケーションとして大切な役割を果たす言葉です。このような言葉かけをすることで子どもたちは「細かいところまで見てくれている」「自分の表現に興味を示してくれている」「美術の先生を驚かすことができた」というような、単なる褒め言葉では得られないような肯定感を得ることができると私は考えています。このような状況をつくり出すためにも、美術教師として、多様な表現を肯定的に受け止めることができる「準備」をしておく必要があり、それが美学や美の根源についての普段からの考察や研究になります。
美学に関する本はこれまでの美術史上の様々な表現を理解する上で基礎知識を得られるだけでなく、美の根源について考えたり、知ったりするためのバイブルになります。美学は哲学の一つのジャンルになるので、哲学についても学んでおく必要が出てきます。また、哲学とはまた別の角度で、心理学からのアプローチも美の根源について考える上で大変役に立つので、心理学に関する本も読んでおきたいところです。私がこれまでに読んできたもので、チクセントミハイのフロー理論やJ・ギブソンの生態心理学(アフォーダンスなど)に関するものは非常に参考になりました。これらは授業を考える上でのマインドセットに強く影響しています。
この他にも、構成美や自然もつ美のパワーについて深く考え、普遍的な美について考えることも大切だと考えています。これは普段から周りを見ているといくらでも参考になるものがあるので、散歩をするなどして自然に目を向けてみるのも良いでしょうし、街中にある人工のデザインに洗練された構成美を発見することもできます。目を向ければいくらでも美しいもの、興味深いものは見つかります。そういったものを見つけたときに、「なぜ」「どのようにして」「なにが」の視点で考える習慣をもち、自分の中の美の世界を常に拡大していきたいところです。
2.教材に使えるネタを探す
美術教師をする上で楽しく学べる魅力的な教材を考えることは不可欠です。これについては普段からネタになるものを探し、常時教材研究するぐらいのノリで生活をしています。美術はこれ自体がこの世のあらゆるものをコンテンツにして存在しているため、教材研究の対象もそれと同様に「この世の全て」になると私は考えています。とにかく壮大ですね。
ただし、周りのものを全てそのまま教材にできるかというと、表現方法や子どもの成長段階に応じて適性を考える必要があります。総合的に考え、限られた授業時間の中で、多くの子どもが充実した時間を送ることができるようにアレンジをしていくのが美術教師の仕事です。
ネタについて考える上で私が好きな場所があります。それはホームセンターや100均です。これらの場所には素材が沢山あり、それらを用いて何ができるかを想像することができます。ただ絵を描くだけが美術であれば、画材に関する知識だけでも良いですし、画材屋に行けば良いかもしれませんが、美術ではデザインや彫刻、工芸、さらには鑑賞や展示といったものもあるため、素材について幅広い情報が必要になります。多様な種類の素材に自分の目で見て確かめながら味わえる場所というのは、想像力を刺激し、教材を考えるきっかけになります。
教材に使えるネタとして廃棄物になるものも活用性があります。これらは本来ゴミなので、何をしようが基本的には自由であるため、気楽に遊びながら手を加えることができます。たとえ失敗しても本来のゴミに戻るだけですし、その試行錯誤の経験は十分に財産と成り得ます。ゴミを溜め込むのは良くないですが、使えそうならすぐに実験してみるのも悪くはないでしょう。
廃棄物を使って作成したもの
ペットボトルキャップとペットボトルでテーブルなどを作成
廃棄になるような木材をアレンジして展示スペース
浮き彫りの作品と組み合わせてテーブル
ゴミを工芸や芸術作品として生まれ変わらせるというのも美術の魅力だと思います。そういうものを子どもたちに見せることで美術の重要性を日常的に気が付ける環境をつくるようにしています。
3.教室の環境改善
美術の授業を行う美術室は学校の中で一番魅力に溢れた空間であるべきだと私は考えています。掲示物や作品を展示して視覚的に魅力のある空間を作ったり、作業しやすい環境であったり、学びが最大化される環境をデザインすることが大切です。
魅力的で人気のあるお店やテーマパークはその空間にいるだけで満たされた気持ちにしてくれます。そして、そのような場所での体験は深く心に刻まれ、自然と学びに繋がるようになっています。ディズニーランドやUSJといったテーマパークはその典型だと思います。快楽の中で、色んなことを自然と知ることができ、その知識と体験が、「また来たい」という気持ちにさせます。美術室は究極的にはそのような快楽と学びに溢れた体験の場であるべきだと考え、日々環境の改善に努めています。
私は一般的な美術の活動(絵画、彫刻など)よりも、環境をデザインすることが好きで、美術室の環境は作品制作のようなものとして考えています。環境の改善という創造行為は子どもたちの反応がセットになっているため、非常にやりがいのあることです。子どもたちのニーズに応えられるようにすることで、学習活動がより充実したものになりますし、視覚的に魅力のある環境は美術の価値を感じて、主体的に学ぶ姿勢にも繋がります。
どのような反応があるかをイメージして、それを形にしていくというのは、教材を作成したり改善したりする視点にも生かすことができます。教材と教室を日々改善し、充実した時間を送ることができる「場」を作ることができると、美術教師という仕事をより楽しめるようになります。自分にとって居心地が良く、子どもたちを「おもてなし」できる最高の場所を目指して教室の環境を改善し続けていきたいと思います。
4.異文化的なものに触れる
美術教育の目的の一つとして、異文化理解という側面があります。これは外国の美術を通じて異文化について理解を深めたり、日本の国内にも地域性のある多様な文化があってそれらについて知ったり考えたりすることを通して、異なるものを大切にし、良いところを吸収できるようになることが美術教育には期待されています。
それゆえに、美術教師も異文化を教える立場として学び続けることが必要になります。私は海外旅行が大変好きで、新婚旅行を除いて海外へ行った時は単独で行動し、どっぷりと海外の文化を味わってきました。異文化を味わうためには単独で行動し、ちょっとスリルがあるぐらいの方が良いです。稀にとんでもない状況に遭遇しますが、それも大切な経験であり、異文化について知ることになります。そして、異文化に触れることによって日本が対比的に浮かび上がり、日本の良さについて「ありがたく」再認識できることも多々あります。また、意外と日本と共通していることを発見することも大切で、それによって「普遍的な美意識」について考えることになります。
異文化を学ぶというのは、視野を広くするだけでなく、今の自分の状況についてメタ認知し、自分の軸となっているものを明確化することにもなります。そうして、新しい自分が形成されます。ジャポニスムや日本の西洋化で生まれた表現などは自分たちの元来の表現の良さを残しつつ、上手く外のものを取り入れて表現の幅を広げていきました。
異文化と言えるものを自分の内部に取り入れる機会というのは海外旅行や外国の芸術作品などについて学ぶこと以外にもたくさんあります。それは「他者」という異文化を持つ存在です。「みんな違ってみんないい」という言葉がありますが、同じ文化を共有する者同士でも、人はそれぞれ違った考えや行動の習慣、いわゆる「生活の文化」があります。そんな異なる人が表現をしたら、当然多種多様なものが生まれます。美術の教師はそういうものを日頃から触れて、認めて、吸収する機会に溢れています。
子どもたち一人一人の多様な表現を伸ばしていくためには、教師自身が常に「異なるもの」を学び、受け入れられる準備をしておくことが大切です。これは、見たこともない工夫に気がつき、それを賞賛できるかどうかに関わることです。そのために、教師として子どもに「教える」だけでなく、同時に「子どもから学ぶ」姿勢を忘れないようにしたいです。
冷静に考えると、「学ぶ」にはお金がかかります。しかし、美術教師をしていて子どもたちから学んでいるのにお金を払うどころかお給料としてもらうことができるというのは大変ありがたいことだと思います。しかも、作品鑑賞会では大変魅力的な作品とたくさん出会えるという無料の美術館状態です。さらに言うなら、教師は美術作品が作られる過程を楽しむこともできます。何と贅沢な(笑)。このようなマインドセットを持つことができれば美術教師という仕事は大変魅力的だと思います。
「異なるもの」という視点で、美術以外のことも勉強をすることは大切です。美術が文化という社会やテクノロジーといった総合的な現象と密接な関係である以上、幅広く学ぶことが欠かせません。ルネッサンスや琳派といった一時代を築いた美術の分野に関するものだけに詳しくなっても、未来を担う子どもたちに美術の価値を届けることは難しいでしょう。特にこれからは社会の変化が激しい予測不可能な時代に突入します。VUCAという言葉をよく見るようになりましたが、これはこれからの時代を象徴するキーワードの頭文字を取ったもので、
V(Volatility:変動性)
U(Uncertainty:不確実性)
C(Complexity:複雑性)
A(Ambiguity:曖昧性)
を意味しています。全く予想できない未来をたくましく生きていけるようにするために、美術教育も新学習指導要領を基にして新しい教育に舵を切ろうとしています。これは美術教師に限ったことではありませんが、教育に携わる人は責任を持って子どもたちに学びの機会を提供していかなければいけないでしょう。新しい時代について知ることはSF映画を見るようなワクワク体験なので、「主体的に学ぶ姿勢を育む」教師という立場であるなら、楽しみながら学んでいきたいところです。
5.運動習慣と健康的な生活
私が普段大切にしていることとして、運動や健康は一番大切なことです。一見美術にはなんの関係もないように思われるかもしれませんが、美術という脳と体を使う行為のためには、これらのことは欠かせません。
私はテニスやランニングが趣味で、中学校ではソフトテニス部の顧問をやってきました。運動をするとストレスは吹き飛び、筋力をキープすることで体がよく動きます。体がよく動くというのは血液の循環も良くなるため、脳に血液が大量に回るようになり、頭が冴えます。勉強をしたり、良いアイディアを生み出すために、実は運動が大変に有効であることは近年の研究で明らかになってきています。体を積極的に動かして、生産性の高い日常を送れるようにしています。
ちなみに家では昔はソファーに腰掛け悪い姿勢で休日を過ごすダラダラ星人でしたが、今は自家製のスタンディングデスクで仕事をしたり、バランスディスクに乗って読書したり、ヨガマットで筋トレしたりという「体を休めない」生活をしていますが、これでどうなったかというと、体が一日元気で休日の翌日も心身ともに元気な状態で迎えられるようになりました。
運動はスポーツ以外にも色々な機会でできます。私は階段では基本的に1段飛ばしでダッシュして登ったり、暇を見つけては歩き回ったり、スクワットや反復横跳びをするようにしています。また、教室や美術室を行ったり来たりすることが多いですが、荷物はトートバックに入れていて、担任業務と美術の授業に関するものをオールインワンで入れていると、かなりの重量になります。大体10キロぐらいになりますが、これを持ち歩くことでダンベルで筋トレしながら移動しているようなものなので、一石二鳥です。
こうして体を鍛え、脳や体に血液を送っていると、一日中生産的であるだけでなく、真冬でも体が血液の循環によって燃え続けているので、割と薄着でも寒さを感じません。作業をすることを考えると、たくさんの服を着込んで動きにくくなって生産性が落ちてしまうのは避けたいところ。特に美術の場合、体を動かして大きな掲示物を作成したり、寒い美術室で作業をすることを考えると、美術教師として体を健やかな状態に保つというのは有益なことだと考えています。
さらに、健康的な生活を心がけることで心身の状態を良好に保ち、良いアイディアを生み出す基礎を作ることができます。心身ともにボロボロの状態では面白いことを考えている余裕なんかありません。生きることで精一杯になってしまいます。心身ともに余裕がないと、教育活動をすることが根本的に難しくなり、指導が雑になったり、怒りっぽくなって、ストレスにしかならないので、健康的な生活は絶対に欠かせないことです。
健康的な生活をする上で大切にしているのが、睡眠です。どうしても睡眠が取れない時もありますが、朝起きる時間は5時で固定し、風呂上がりから60〜90分というゴールデンタイムで就寝するようにしています。風呂上がり後はなるべく電子画面を見ずに、読書や瞑想をして入眠モードにし、睡眠の質を上げるようにしています。これによって、たとえ睡眠時間が短くなったとしても、目覚めはとても良好で、すぐに朝の活動に入ることができます。
健康的な生活を心掛けるようになって食事も変えました。大きく変わったのが、これまで好きで一日頬張り続けてきたお菓子をナッツにしたことです。ナッツは素朴な味で、スナック菓子のように中毒的に食べることを防ぐことができます。さらにナッツに含まれる脂質は体に良く(もちろん食べ過ぎはいけませんが)、思考活動や運動にも良い影響があります。お菓子をナッツに変えただけでもかなり健康的になれると実感しています。
この他にも健康的な生活を送る上で、朝食を抜いたり軽めにしたりということや、果物を食前に食べること、タンパク質を意識的に摂取することなどたくさんありますが、あげ始めるとこの記事が莫大なものになってしまうので、今回はこれぐらいでやめておきます。何事も程々が大切ということで。
長い文章を最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は美術教師として私が普段意識していることについて書かせていただきました。内容的には美術教師に限らないものも多かったと思うので、少しでも多くの人にとって参考になるものになれば幸いです。2021年度も良い1年にしていきたいと思います。次回は「深層心理を生かした表現方法」について記事を書く予定です。これはシュルレアリスムに関する中学3年生の絵画の授業で取り組む際の導入になるものとして開発した教材です。美術教育に携わる人や、これまで絵画に対して難しい印象を持っていた人に是非読んでもらいたい内容なので、時間に余裕があれば、また読んでいただけたらと思います。
それではまた!
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