美術嫌いを克服する教材 〜〇〇な光〜
今回は私が実践している美術の教材から美術嫌いを克服できることを目指して考えた教材を紹介します。「美術嫌いを克服」と言いましたが、基本的にはどの教材でもこの視点は入れるようにしていますが、特に今回紹介する教材は誰にでも取り組みやすく、しかも短時間で達成感の味わいやすいものになります。
以前の記事で「深層心理を生かした表現方法」というものを紹介しましたが、これも同様に短時間で達成感を味わいやすいものでした。美術が好きな生徒からしたら、制作時間が何時間かかろうが、表現活動していること自体に幸せを感じられるでしょうが、そうではない生徒からすると、嫌いなものに長時間取り組むというのは、出だしからモチベーションが上がらず、これからやってくる苦しい時間を送るイメージに苛まれます。そういう状態になると、いくらこちら側から「やっていくうちに面白くなるよ!」といっても出だしで躓いているため、なかなか軌道に乗せられないことが多くあります。なので美術嫌いを克服する教材は手軽に楽しめるものにしています。ちなみに、このような教材では、「美術が得意な生徒が暇をするのでは?」と思われるかもしれませんが、そういうことはこれまでにほとんど見たことがありません。表現の根幹に「遊び」の要素を入れることで、時間いっぱいひたすら表現を発展させることができます。「基本的に何をやっても大丈夫」という安心感があれば、普段成績のことを気にするあまり思い切った表現ができていない生徒でも解放的に取り組むことができますし、美術が好きで得意な生徒にとっても、新たな発見の場として楽しむことができると考えています。
というわけで、今回紹介する教材は「〇〇な光」という「光」をテーマにした教材です。この教材は1時間の授業で制作と鑑賞をセットで行います。絵を描いている時間は実質15分程度。大変短い取り組み時間ですが、沢山の試行錯誤と発見があり、教育的効果は高いと感じていますので、ぜひ最後まで本記事を読んでいただけると嬉しいです。
目次
1.「光」からイメージできることを考える
2.好きな光を多様な表現可能性を駆使して創造する
3.苦手な生徒へのサポート
4.世の中のあらゆる対象を遊ぶマインドセット
1.「光」からイメージできることを考える
この教材では最初に「この世の中にはどんな光がありますか」と生徒に聞きます。そうすると、太陽、街灯、蛍光灯、蛍、反射、雲…など身近な光がすぐに出ます。これらをより詳しく聞いていくと、朝日、白昼、夕日、信号機、LED、ろうそくの火、イルミネーション、車のライト、懐中電灯、スマホ、川の水の反射、鏡の反射といった具体的な光があがります。これらは身のまわりに溢れている物質的な光ですが、ここからさらに「じゃぁ皆さんの心の中に光はありますか?」と聞くと、「希望」「夢」「将来」といった言葉を返してくれます。この世の中には「光」の要素があるもので溢れています。
「光」は物質的であり精神的なものとしても考えられるため、形や色は多様性に満ちたものになります。この自由に表現できるモチーフは多くの生徒にとって、自分の好きなもを生かしやすいため、「自分の好きな光について考えて、ワークシートにメモしてみて」と投げかけると、割とすぐにメモを書き込んでいくことができ、それが制作につながります。たとえ自分が好きな光を自由に考えることが苦手な生徒であったとしても、意見で上がったものを選んだり組み合わせたりして、好きな光を表現することができます。難しいと思ったら、すぐに他者の意見に頼ることができる安心感は大切です。まずは一歩踏み出せること。自分の判断で一歩踏み出せば、あとは自然と発展していきます。
2.好きな光を多様な表現可能性を駆使して創る
この制作では光に関する要素があれば何をしても良いということにしています。単純に夕焼けの景色を描いても良いですし、好きな色を使って自分でも見たことのないような光を創造しながら好きな光に調整していくのも良いです。上の写真は私の試作品ですが、その中にりんごの絵がありますが、これはりんごを描こうとしたわけではなく、りんごに差し込む柔らかく温かい光を表現しています。
「光」には決まった形があるわけではなく、精神的な要素が絡むとどんな光になろうが、作者の自由です。作者が「いいな」と思える光を表現するのがこの教材のテーマなので、光の表現は各自で多様に発展していけば良いのです。このような表現をするために、絵具で色々な表現の仕方に挑戦するのも大切です。そのために、ドリッピング(筆を振って絵具を飛ばす技法)やスパッタリング(網をブラシで擦って絵具を飛ばす技法)を始めとした色々な技法も表現に使えることを示しておくことも大切にしています。これがないと、どうしても筆で描くことが全てと思い込んでいる生徒も多いので、表現に発展性が生まれにくくなります。ドリッピングやスパッタリングは制作者自身でもコントロールが効かない表現になる側面があり、表現をしてみてから「これメッチャ面白いやん!」と気づいて、そこからさらに発展していくことがよくあります。このように偶然性を絡めながら自分の好きな光を創造していくことも、この教材の持ち味で、美術の面白さに気が付けるポイントだと私は考えています。授業の中ではこちらが想定していなかった表現がたくさん生まれるため、生徒の活動を見ているだけでも大変楽しめます。こちらが想定していなかったような表現と出会えた時は黒板に表現方法をメモして全体で共有するのも良いでしょう。生徒間だけでなく教師も含めて、皆で学びあえるアクティブラーニングを実現していくことは、近年よく耳にする「主体的・対話的で深い学び」の実現を意味します。
3.苦手な生徒へのサポート
制作に入るとなかなか一歩を踏み出せずにいる生徒がいますが、この際教師から表現するものを押し付けるのではなく、あくまで自分の判断で表現したい光を考えさせなければいけません。そのために、そういった生徒と「どんな光が好き?」「何色の光が好き?」「普段どんな光を見ている?」など個別に対話をして表現に移れるようにサポートします。しかし、この教材に関してはこの一歩を踏み出すことに苦労する生徒はあまりいません。これはあくまで私の予想なのですが、きっと「光」が嫌いな人はほとんどいませんし、私たちにとって「光」は生活の中で不可欠な存在です。そういう身近で誰もが大切にできる表現素材を扱うというのが表現の面白さに気づける教材にする上で大切だと考えています。
しかし、表現したいものが決められても、次は表現をどうしていいか分からないという状態になる生徒が多いです。そういう場合は「とりあえず色を塗る」「好きな色にする」というレベルから始めても良いと考えています。ここで形から入ってしまうと、表現が広がりにくいですが、ただ紙に色を塗るだけならとても簡単です。そもそも光というもの自体が輪郭によって形づけられるものではないため、色を広げることが特性上合うのだと思います。
手を動かして色を塗っているうちに、そこからイメージが膨らんでいきます。このモードに入ると、それまで表現が苦手だった生徒でも安心して表現を重ねていくことができるようになります。適当でも良いのでとりあえず色で描き始めるという、非常に簡単な行為から入るとができるのが、この教材のポイントです。
表現できなくて困る生徒が出ないように教材を設定することは、美術教師のマインドセットとしてとても大切なことだと思います。しかし、これをクリアするために生徒が楽しめないものにしてしまっては本末転倒です。それはまるで評定で1が付かないように課題プリントに取り組ませ、答え丸写しの状態で提出させる「簡単な作業」のようなもので、これをするとますます美術が嫌いになると考えています。「提出物だけでもなんとかやらせる」というブラックな取り組ませ方が横行していますが、このようなことをしていてはますます学ぶ意欲は削がれて勉強に対するネガティブなイメージが浸透します。「主体的な学習態度」が評価項目になった現代の学校教育において、ブラックな課題への取り組ませ方は必ず変えていかなければいけません。「楽しく誰でも取り組めること」「容易に自分の限界を超える活動ができること」を目指した課題の提供について考えるのが教師というプロの教育者の仕事です。
4.世の中のあらゆる対象と遊びの関係を
美術教育では多様な表現や作品を学びますが、これらに取り組むことを通して身につける最も大切な力は美的判断能力だと言えますが、私はこの美的判断能力の必要性を120パーセント認めた上で、「世の中のあらゆる対象と遊びの関係をつくるマインドセット」が私の中での美術教育のミッションだと考えています。美的判断能力はその一環であり、遊びはもっと広範なものをカバーするものです。
美しいものを感じ取ったり、自分の理想を表現したり、そのためにさまざまな工夫をしたり、他者の表現やアイディアを認めたり、そこから学んだり。これら美的判断能力に関することは学習指導要領でもたくさん述べられれています。私としては、この美的判断能力は世の中のあらゆる対象と遊びの関係を結べるようになった時に大いに発揮されるものであり、ここに「遊び」の優位性を感じています。
「遊び心をもって」という言葉が使われるように、表現したり、何かを判断したりする時に誰かと被ってしまうことがあっても特に問題はありませんが、そこに「遊び」という風が吹き込むことで、表現や世界観は発展していきます。誰かが考えたことをそのままコピーするのでなく、自分なりに変化を生み出してみることで、その人にしか出せない価値が発生します。遊びはそのような行いを促進させます。ずっと同じことをしていたら飽きるのが動物。だとしたら、自分でも予想できないような新しい何かを要素に入れて遊んでみるのも悪くはないでしょう。
「光」という、誰でも「おもちゃ」にできる素材はこの世の中にはいくらでもあります。世の中のあらゆるものに遊べる視点を発見しようとするマインドセットを持つことができると、毎日が充実すると思います。そのような視点を、体験を通して獲得できることを目指すのが美術教育のミッションだと考えています。
最後に余談ですが、美術や文化というのは虚構の塊だと思います。例えば初日の出。これを拝むために私もそうですがたくさんの人が新年早々に山に登り、日の出に特別な思いを持って眺めます。見つめているものは普段と同じ太陽であるにも関わらず。普段と違うのは私たちの心であり、新年という日、更に言うなら太陽暦が用いられるようになってから生まれた概念です。もし太陽暦や新年という概念を知らなかったら、初日の出に特別な感情を寄せることもなく、「ただの赤いオーラをまとった太陽光」になってしまいます。
何が言いたいかというと、私たちは世の中を都合の良いように調整して価値を生み出し、文化や美術を発展させてきたということです。しかし、こういった本来価値のなかったものに価値を見出したり、つくったりする営みが人間の精神に快楽や安寧をもたらしてきたことを考えると、美術や文化が虚構の塊だったとしても、それは人間の生を支えるものとしてとても大切だと思います。
文化的なことは、その価値を共有されない相手には排除されることもありますが、どんな文化もこの世の人々が必要性を感じて作り上げてきたものです。その価値について、宇宙船地球号に同乗している者として考えてみることが大切ではないでしょうか。
最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は美術嫌いを克服する教材ということで「〇〇な光」について紹介させていただきました。誰にでも自分の好きな光があります。普段はそういうことを考えて過ごすこともないかもしれませんが、よくよく考えてみると、「光」というものは身近でとても大切な存在であること、そしてそういう存在であるからこそ、表現にもつなげやすい「優秀な教材」になってくれます。
身近なところに存在する美を扱い、自由に表現することができれば、美術が嫌いで苦手意識を持っていた人でも気軽に取り組み、工夫を重ねることで魅力的な作品を制作することも可能になります。そういう取り組みやすく、深めやすい素材を普段から探していきたいと思います。次回はGoogle classroomを活用した振り返り活動について紹介する予定です。いよいよGIGAスクール構想の実現に向けて学校が変わり始めましたが、現場では試行錯誤の日々です。その中で振り返り活動における有効活用を発見したので記事にしてみようと思います。
それではまた!
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