モチーフは表現の動機に過ぎない 〜貝殻を用いた三原色の水彩画〜
皆さんはモチーフを描くにあたって、どのようなことを考えて 表現するでしょうか。こんなことを言われると、そもそも普段絵なんて描かないという人がほとんどかもしれませんが、それは美術教師をしている私も同様です。私も必要に迫られない限り絵を描く習慣は基本的にありません。私が絵を描くのは、毎日続けている感情絵日記というものと、教材に関する試作品、仕事の中で絵の依頼があったときに描くぐらいです。感情絵日記は数分で描ける手頃なもので、これは絵を描くというよりも1日を振り返りメタ認知するために描いているものですし、教材に関する試作品もそれほどたくさん描く必要はありません。
それでもモチーフをどのように扱って表現するかについて考えを持つことはとても大切なことだと考えています。なぜなら、これは絵を描くこと以上に重要なことにつながるためです。基本的に美術教育では、美術を教育するというよりも、「美術を通して」教育するというのが重要視されるべきであることは学習指導要領にも載せられていて、特定の表現を正解として扱ったり、単なる技術指導をしたりするような美術教育はされるべきではありません。美術教育では、モチーフというものとどのように関わっていくと、私たちの人生が豊かなものになるのか、そのきっかけを制作や鑑賞を通して掴むことが大切になります。
もちろん単純に絵を描くことを楽しみたいという場合にも、モチーフに対して広い視野で考えられるようになることは有効です。美術教育では、まずは絵を描くことの楽しさを生徒が実感できるようにして、そこから毎時間の振り返りや鑑賞の時間を利用するなどして、経験したことをより深いレベルで考え、広い意味で表現をする上で大切なことについて考えることになります。これがないと、「ただ絵を描いて楽しかった」で終わってしまい、貴重な学びの機会を失いかねません。美術教育では授業や単元の終わりに「そういう考えも大切だな」と生徒が気がつけるようにすることにあります。
今回は「モチーフは表現の動機に過ぎない」をテーマに記事を書きました。これを説明するにあたり、私が中学2年生の教材として指導している「貝殻を用いた三原色の水彩画(教材名は光とオーラを帯びた貝)」の実践を基にお話しします。
貝殻を水彩で描くとなると、きっとほとんどの人がこのような制作をイメージすることになるのではないでしょうか。
普通に水彩画で表現した貝殻の絵です。一応これは三原色だけで表現しているので、赤・黄・青が重なり合って、光を感じるような効果が絵にはありますが、割と普通の水彩画と言えるでしょう。
実はこの貝を用いた水彩画は、一緒に同学年を担当する美術の先生から教材として提案を受けたもので、「鉛筆メインでとにかく忠実に貝を描く」というものでした。貝殻の表面の模様を細密に表現して自然の美しさを感じるというのがねらいとのことでした。
残念ながら、私はこの教材に対して前向きなイメージができませんでした。貝殻のような不規則な模様のものに縛られて細密画を描き、着彩は淡彩でなるべくモチーフの通りにする。こんな不自由な時間を生徒に課すことは難しいと直感しました。しかし、貝殻と水彩という部分は変えられないので、この教材にマイナーチェンジを施して、考え方は根本的に変えるという方法を取りました。
マイナーチェンジの内容は、着彩は三原色メインで色を重ねて表現し、テーマ性をもった貝殻を表現するというものです。そもそも、中学2年では表現の対象から主題を生み出し、そこに作者の思いや理想を反映させることが学習指導要領として示されています。貝を表現する中で、自分の理想や思いと作品がリンクし、そこから浮かんだテーマを表現に生かしていくこと。これはとても主観的な部分を生かして自由に表現できることを意味します。また、三原色をメインにすることで色を自らの感覚で調整し、それを通してより良い色使いや雰囲気にしていくこともできます。
このような教材にした結果、多くの生徒が前向きに取り組むことができ、指導する側としても、生徒の多様な表現を見ることができて、学びの多いものになりました。そのような中で、「モチーフは表現の動機に過ぎない」という、今回の記事の内容につながることを考えるようになりました。
モチーフとモチベーション
そもそもモチーフ(対象)という言葉はモチベーション(動機)と語源が同じなので、強い繋がりのある概念と言えます。そのようなことから、モチーフを描くための動機づけとして元々ある程度考えてきましたが、教材について考えたり、実際に生徒が制作する様子を見ているうちにモチーフに対する考え方についてさらに深く考えるに至りました。
もし、初めから作品の完成がイメージできて、それがモチーフとして完全な状態と言えるのであれば、それを忠実に再現すれば良いでしょうが、そのような想像力をもった人は、人類史上稀な存在でしょう。あのピカソやダ・ヴィンチでさえ膨大なスケッチを描き、制作する中で表現を進化させています。最初から作品のイメージができているのであれば、スケッチを描く必要もないかもしれませんが、作品のイメージというものは表現活動の中で作られていくものであり、試行錯誤の中で理想像が少しずつ見えてきます。その中で最初に描いたモチーフは大きく姿を変え、当初からは想像もできなかったような魅了を持つものに進化します。
また、言うまでもないことかも知れませんが、ただ単にモチーフを見えているままに写実的に描くだけだと、モチーフを超えることはできず、生まれるのは劣化版でしかありません。大切なことは、モチーフを生かしながらも表現をする中で、理想を膨らませ、自分でも驚くような作品と出会える成長体験のある制作です。その結果魅力的な作品も生まれます。
何もモチーフがない状態だと、表現できるのは色と形で造形遊びしたり、抽象表現主義のポロックのように身体行為自体を表現のモチーフにしたりすることになります。これらもとても大切な美術の側面ではありますが、今回はモチーフの存在意義について考えていきます。
モチーフがあれば一歩踏み出しやすい
創造とは「0から1を生み出すこと」とよく言われますが、本当の意味で0から1をつくり出すのは困難なことだと私は考えています。創造は何かと何かを組み合わせたときに生まれるもの。新しい何かを創り出すというのは、実は必ず何かしらのモチーフが起点となって新しい要素が組み合わされた結果生まれてくるものだと思います。気軽に何かしらのモチーフを用意して、それを起点にしつつも、モチーフに縛られずに表現していけば自然と創意あふれるものになっていきます。
だからと言ってモチーフをほとんど観察せずに表現してしまうのは逆にもったいないことです。モチーフが持つ特徴に気が付くことができると、それを参考にして表現ができます。その中で新しい発見もあることでしょう。貝殻を用いた水彩画では貝殻の持つ形や色を参考にして自由に描かせます。よく観察して貝殻の特徴に気が付き、自然の美しさを感じることができれば、後はその特徴をいかして描くことになります。しかし、制作ではある意味「適当」で良いことを伝えるようにしています。貝殻がモチーフであれば、模様や形が実物と違っていても誰も気が付きませんし、そのようなことを気にする人もいません。大切なことは形や色で遊び込むことであり、表現→変化→発見→表現のサイクルをどんどん回し、作品を進化させていくことです。その中で自然と独自性のある作品になっていきます。
この際、ひたすらリアリティーを求めて細密画がしたいという生徒がいたとしても、それはそれで良いと考えています。そのような作品からは作者の執念が感じられる強烈なパワーが宿るので、どのような表現をしたいかはあくまで生徒に任せるようにしています。
三原色をメインにする
水彩画は明るく透明感のある表現が可能で、色を重ねて塗れば明るく混色を作ることができますし、もちろん色を混ぜて濁った色を作ることもできるため、多様な色彩表現が可能です。しかし、多くの人が水彩画による多様な色彩表現の魅力を知らないまま美術の義務教育を終えているような気がします。実際に、私も水彩画の色彩の魅力を全く知らないまま大学生になっていました。そのような自分自身の過去も振り返り、このような原因は自分で色を作るという体験が不足していることにあると考え、美術の授業ではしばしば三原色に重きを置いた活動を入れるようにしています。
貝殻の水彩画の制作時間は3時間構成で行うようにしていますが、最初の2時間は三原色に限定して着彩させるようにしています。これを聞いて不自由と感じる人もいるかも知れませんね。実際に多くの生徒もその条件に最初は難しそうだと感じていました。この貝殻の制作の前に、印象派の学習をしていて、三原色さえあれば、視覚混合によって基本的にはあらゆる色を表現できること、そして視覚混合による濁りのない「光」の表現になることを学習していますが、それでも本格的な三原色での制作となると、難しそうに感じてしまうものなのでしょう。しかし、三原色で塗り重ねているうちに、多様な色の変化が生まれ、次第に表現が発展するため、3時間目に三原色以外を使える状態になっても、最後まで三原色で仕上げていく生徒も多くいます。
たった3色でも、重色や混色次第で自由に色が作れるという経験は色彩表現力という点で大変重要です。この経験がないと、生徒は色を調整するということを知らないまま、予め用意された色をそのまま塗ることに終始するということになりかねません。私自身がそうでした…。大学4回生で美術を志すまで、画面上で色を調整するなんてことはあまり考えたことがなく、パレット上で色をつくって着彩するものとばかり信じていました。なので、生徒が色を重ねて「!?」となってどんどん手が動く気持ちがよくわかります(笑)
この貝殻の制作では貝殻という不規則な形、そして三原色による予想のつかない色という不確実性が要点になります。形にこだわり過ぎず、あくまで着彩に向けた場所作りとして形や構成を短時間で下描きし、着彩の時間に重きを置くことで、水彩画の魅力にどっぷり浸かり、色で遊ぶことができます。色で遊びながらも、色を重ねたり、強い色を用いたりすることで貝の特徴を表す模様や立体感も表現できるようになるため、技術の面でも無理なく向上が図れるという側面もあるでしょう。最初から技術中心で指導すると、どうしても生徒のモチベーションに差が出やすいですが、制作を進める中で主体的に技術を獲得しようそする姿勢が生まれるのであれば、それは尊重するべきことですし、本来必要に応じて技術を伸ばすというのが理想だと思います。
テーマを持たせて魅力を引き出す
貝殻を三原色の水彩画で表現するだけでも、十分に形と色の表現としての魅力を味わうことはできますが、さらにモチーフの魅力を引き出すのが作品のテーマです。
ただ貝殻を表現しただけでは、何のテーマも生まれないかも知れません。タイトルを付けるとなっても「綺麗な貝」「カラフルな貝」「ただの貝」みたいなタイトルが並ぶかも知れませんが、テーマを設定して背景も合わせて作品にすると多様な表現が生まれ、モチーフの魅力を強めることができます。どういう貝殻なのか、どういう状況の貝殻なのか、貝殻の気持ちはどうなのか、そのようなことを妄想すると、意外と色んなテーマが生まれるものです。貝殻という、一見つまらないモチーフであったとしても、テーマ設定するだけで構成や色彩の工夫が生まれ、劇的にオリジナリティの強い作品になります。妄想力は偉大です。
授業ではオーラという言葉を用いて雰囲気をつくったり、貝殻にメイクをするような感覚で表現したりすることを生徒に伝えながら取り組ませます。あくまで貝殻というモチーフは使いますが、それをどのように仕上げていくかは人それぞれ。どんなモチーフを使ったとしても、形と色の工夫さえあれば、魅力的な作品になります。
何を使うかではなく、どう使うか。モチーフに縛られ過ぎずに、利用できる部分は利用し、そこから新しいものを生み出していく。そんな創造性のキーポイントを掴むことができるようにこれからも授業や教材を工夫していきたいと思います。そういった意味で、他の先生から提案されたこの「貝殻の水彩画」という授業モチーフはとても工夫のできるものであったと思います。一見面白みに欠けると思うような教材でも、それを生かして良いところを引き出し、違う要素を入れて新たなものにしていけば、いくらでも教材としてのレベルをアップさせることができると認識することができました。
身のまわりにはいくらでも教材のテーマになるものが溢れていますし、それは当然教材に限ったことでもありません。「創造」や「発明」に関するもののは、あるモチーフに新しい要素を掛け合わせた結果生まれたものばかりです。どんなものが生み出せるか子どものようにワクワクする気持ちを大切にし、これからもテーマになるものを探し続けていきたいです。
最後まで読んでくださってありがとうございました。「モチーフは表現の動機に過ぎない」ということで、モチーフは利用しながらも、それに縛られずに遊びながら形と色で自由に表現し、テーマ性を新たに持たせることで創造性あふれる作品が生まれるということをお話しさせていただきました。今回の内容が少しでも、創造的な表現をすることのヒントになるものになれば嬉しいです。
次回は「多様な視点でモチーフを見ること」についてお話しする予定です。またまたモチーフの話になりますが、今度も創造性のヒントになるような内容にできればと思っています。
それではまた!
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