自然と人工の融合がつくり出す「美」
今回は自然と人工を融合させることによって生まれる「美」についてです。「美」は非常に身近にあるもので、その概念は私たちの生活を様々な点で支えていると言えます。衣食住と呼ばれる生活の基本は何かしらの「美」に関係していますし、娯楽に関するものはこの概念抜きに良いものにはならないと考えられます。私たちは生活に「美」を知らず知らずのうちに求めて生きてきたとさえ私は思います。実際に構成美と言われるシンメトリーやリピテーション、コントラストなどは自然の生命感に対する美から生まれたものであり、この美意識は人間に限ってのことではなく、虫などにとっても「健康な花かどうか」を見分けるポイントになるなど、非常にユニバーサルなレベルのものと言えます。
「美」について考えると、大きく「自然」に関するものと「人工」に関するもの、そしてそれらが「融合」したものに分けられると思います。まずは「自然」と「人工」の美の姿について確認をし、それらが融合することによって生まれる美の姿に迫ってみたいと思います。そして、美術教育に生かすポイントや私たちの生活における「美」との関わり方について考えてみたいと思います。
「自然」と「人工」の美
自然には無条件で美が備わっているのではないでしょうか。春の美しい花、夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色と静かな枯野。どれもみんな違ってみんないい。自然に関するものは人によって好き嫌いはあっても、自然の持つ生命感と無常は普遍性のある美であると思います。
雄大な自然を前にして圧倒される印象を受けたことがある人は多いと思いますが、自然のパワーの前に私たちは自分の存在の小ささを感じる体験、Awe体験をすることができます。これによって、自分自身が謙虚な気持ちになり、生きていることに感謝したり、幸福感を感じたりすることができるとされています。そんな雄大なパワーを持った美しさも自然の魅力と言えるでしょう。
逆に人工には人工の良さがあり、整理され、計算されたデザイン性が人工の魅力と言えます。大都市に並び立つ高層ビル群、京都や倉敷などに見られる昔ながらの街の景観、これらも好き嫌いはあると思いますが、魅力をもった景色と言えるのではないでしょうか。ただ、人工の場合は、テーマ性ある文化的要素が必要で、ゴミ屋敷化した建物や混沌とした場には「負」のパワーが溜め込まれ、決して「みんな良い」とはなりません。しかし、そういうものでもアートの力で「ゲルニカ」のように、テーマを持った作品として整えられた場合は魅力的なものに変身します。「ゲルニカ」は戦争という「負」の力が創り出した究極の作品だと思います。
結局のところ、美術やデザインなどテーマを持った人工の力が加わると、そこに「美」が生まれると言えます。そもそも「人工」を英語にすると「artificial」「art」になるので、「美」というものがいかに「人工」と結びついたものとして考えられてきたかが分かります。ちなみに美術は「fine(技術の優れた) art」なので、現代の表現上なんでもありの状態の美術は「art」と考える方が良いと言えます。
自然と人工の「融合」
単純な話ですが、自然を基にして絵を描くだけでも自然と人工の「融合」は実現します。そしてその絵も多様な形があって良いわけで、写実的な表現であるかどうかは「美」の優劣をつけるものになりません。超絶手をかけた作品が評価されないこともあれば、手を抜いた作品が評価されることさえあります。結局のところ受け手の趣向次第であって、アートと言えるものに正解不正解は基本的にありません。作者がどうしたいかこそ全てです。
しかし、個人的な作品ではなく、世の中という大きな範囲で「文化的に残されてきたもの」というのは、やはり特別な価値があると言えます。優れたものは生き残る、自然淘汰の原則が最終的には働きます。そうして長い時間をかけて存在し続ける自然と人工の「融合物」からは、私たちの生活を考える上でとても大切なことに気がつかせてくれます。
自然と人工の融合を代表する「美」の一つが庭です。日本には沢山の名園がありますが、自然を人工の力で見事にコントロールして、コンパクトに自然をまとめ上げています。自然の良いところ取りとも言える庭には、決して自然だけでは成しえない見せ場のある美を味わうことができます。ただなんとなく整っていると思って庭を眺めるのではなく、どんな見せ方の工夫がされているのか、庭全体との関係性への視点も大切にして考えてみたいところです。
写真の後楽園にはこれまで何度も行ってきましたが、一日ゆっくりと時間を使って味わっても良い場所です。朝から夕方まで多様な景色を提供してくれる後楽園でゆっくり読書をしながら過ごすという日が1年に1回ぐらいはあっても良いと思います。長時間滞在による他のお客さんへの迷惑も考えなくて良いので、スターバックスよりもコスパは良いと思います。
植物園に行くと、植物の美しさを引き出す工夫をひたすら見ることができます。写真は鳥取花回廊ですが、ここは本当に広大な敷地で、これまた1日ゆっくりと読書と観賞を繰り返して過ごしたい場所ですね。
植物園にある植物自体が色とりどりで、形が面白いものも沢山あって、本来単体でも十分に楽しめるレベルのものですが、これが人工の力によって、強力なドーピングを施されたような美しさを持つことになります。
植物は放っておくとワイルドに伸びていきますが、そこに人間のサポートが入ると、大変整った姿になってくのをみると、植物と人の協働による美を感じます。
身近なところにもたくさんの自然と人工の融合が見られます。街中に見られる川や植物、公園などに植えられた木々はそれらの場所を大変映えるものにします。人工のものに欠けている生命感を補ってくれるのが自然です。SDGsが叫ばれる昨今ですが、自然と一体化した環境と人に優しい街を大切にしたいものですね。
田畑の風景も自然と人工の融合によって「美」が生まれています。田畑には線状の模様があり、これは決して「美」を意識して表現されているわけではないと思いますが、作業の効率性という非常に人工的な要素が絡むことで結果的に美しく整った模様が生まれます。もし、茶畑がジャングルのような状態だと、とてもではありませんが茶摘みをできませんし、田んぼに適当に苗を飢えてしまうと、まともに稲が成長できません。生産性を考えた結果生まれたシンプルな「美」も、非常に魅力的な特徴を持ったものであると私は思います。
散歩をしていると色んなところに自然と人工がコラボしているものがたくさんあることに気が付けます。その度に思うのが自然の逞しさです。自然は偉大であり、人間はそんな自然の一部であることを思わされます。以前に何かの番組で、人間が突如地球上から消えたら地球はどうなるかシュミレーションを見たことがあるのですが、これだけ環境問題が叫ばれる地球であっても、たった100年でほぼ元通りの状態になるとのことで、自然の凄さを思い知ったことがあります。そんな自然は私たちが住む街のそこかしこで人工物と融合しながら、隙あらば人間によって支配されている地球を取り戻そうと揺さぶりをかけているのかもしれませんね。
柱に巻きついた葉が紅葉していて柱が人工物ではなく、普通の木のような感じにも見えます。こういう蔦が人工物を覆う代表と言えるのが甲子園球場ですね。耐震工事の影響で蔦のボリュームはまだまだ昔のようにはなっていませんが、甲子園球場の外観は自然と人類の共生を感じさせてくれます。
美術を学ぶポイントは身近にある
自然と人工の融合がつくり出す「美」は実に多様で身近なところにあります。そしてこれらはどれもそれぞれの良さを生かし合っているため、魅力的に見えるものです。
美術では自然や人工物の「美」が取り上げられがちですが、自然と人工が融合したものから簡単に「美」を見つけることもできることを生徒に伝えることが大切だと思います。「美」というものは決して難しいものではなく、まずは身のまわりのなんとなく好きな場所から考えられるようにしたいところです。
身近なところにある「美」に意識が向けられるようになれば、見える世界が変わります。毎日の生活が美的な学びに溢れたものになり、必然的に表現力も幅広いものになっていくことでしょう。そうしてクリエイティブな人生を送れるようになる人を育てていくのが美術教育の大切な役割だと私は思います。
美的な要素を感じながら生活をしたり、自分でより美しい環境を創造したり、人々の生活を美的に支える仕事をしたりというのは文化的な生活そのものではないでしょうか。SDGsが目指しているのも、まさにこのような文化的で自然や人に優しい暮らしです。そのために身のまわりの自然と人工の融合がつくり出す「美」への感受性を日々の生活の中で高めていくことが大切だと思います。私も暇があれば外にランニングに出かけ、散歩をしては美しいものや面白いものを探し続けようと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は自然と人工の融合がつくり出す「美」についてお話しさせていただきました。アートとという観点から考えると、決して自然が入っていなければいけないわけでもありませんし、人工との融合が必要というわけでもありません。ただ、芸術作品でもなく、自然の名スポットでもない、そこら辺にあるものにも十分に美的な魅力を持ったものがあることを頭の中に入れておけば、きっと普段の生活の充実度に少しばかり貢献することになるのではないかと思います。
次回は私の美術の教材から「人工物を用いた色面構成」について紹介します。今回の話でも出ましたが、人工物は計算された整った形をしてます。これをそのまま使うだけでも美しい画面を創ることができますが、工夫して配色や画面構成することでさらに美しい画面をつくることができます。誰でも簡単にできるだけでなく、形や色をどう活かすとモチーフはよく見えるようになるかについて新たな視点を持つことができる教材だと思います。もし興味があれば、また見てもらえると嬉しいです。
それではまた!
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