教育美術 第4回「アートの樹」

  今回は教育美術シリーズ第4回ということで、「アートの樹」という作品を紹介します。この作品は末永幸歩著の「13歳からのアート思考」に影響を受けて制作しようと考えたものです。この本を読んだのは昨年でしたが、日常の多忙な業務の中、なかなか制作することができなかったところ、今年の夏休みは感染症対策ということで、部活動の時間が少なくなったり、大会が中止になったことで、かなり時間に余裕ができたため制作することができました。私自身、部活動をすることはどちらかというと好きですが、それによって美術と関わる時間は確実に減ってしまうので、自由に使える時間の大切さを改めて考えさせられた夏休みでした。

 「13歳からのアート思考」では、アートを一つの植物として捉えるということが書かれていました。作品は花のようなものであり、色んな花があってそれぞれに良さがあってその違いを鑑賞して楽しむ。これでも決して悪いわけではありませんが、著者はそのように表面的に美術と関わってきたところに課題があると考えています。著者曰く、実は作品として私たちの目に映っている部分はアートという植物のほんの一部であり、地中には「興味のタネ」、そこから伸びる「探求の根」があり、興味が膨らむことによって探究する根が様々な方向に伸び、地中からアートになる養分を吸い取っているのがアートという植物であり、この「探究の根」を伸ばすことが美術教育において重要視されるべきであり、そのようなアートを探究する知的な行為が「アート思考」であると述べています。

 これに対して私は深く共感し、私がこれまで美術の授業で大切にしてきたプロセス重視、美学的なアプローチにもつながるものだと感じました。ただ、こういう考えをこれまでブログなどで発信はしてきましたが、自分の関わる生徒に対して明確に分かるものを示すことができていなかったので、「アートという植物」のアイディアを自分なりに昇華して作品を作り、アートとはどのようなものか生徒が感じられるきっかけとなるものを美術室に設置できたらと考えました。

 私が制作した「アートの樹」は基本的な考え方は「アートという植物」に倣っているのですが、幹と枝の部分、そして大気と大地の要素を加えました。幹の部分は表現のジャンル、枝の部分は用(生活に用いるデザインや工芸)に関するものと美(絵画や彫刻など純粋に美の要素に特化したもの)に分かれるようにしています。そして、大気の部分はアートの樹との相互作用によって変化する社会、大地の部分は過去の歴史や現代社会を根に届ける養分として表しています。

 アートがどのようなもので、何と関係しながら社会に存在しているかということや、どのような表現のジャンルがあり、作品が用と美の概念で分けられるのか、そして作品を形にする前提となるアート思考とはどのようなものかについて視覚的に分かるようにしています。アート思考の根を広げるだけでなく、様々な表現方法を知って丈夫な幹を作り、自分のイメージに合った多様な作品を制作したり、イメージしたりする力も大切です。だからこそ、美術の授業では専門的な技術や知識も学習するわけです。

 アートという現象が作品制作に関することだけでなく、社会との相互関係で存在していることが分かるようになると、あらゆるものをアート思考の対象として捉える習慣がつきますし、そのインプットの大きさは、デザイン思考をする際にも役立つと思います。今回デザイン思考については深く触れませんが、物事の課題を解決して合理化を実現するデザイン思考はアート思考よりも実践的で役に立つと思われがちですが、デザイン思考の根本にアート思考があることで、より柔軟で面白みのあるデザイン思考が可能になると私は考えています。優れたデザインにアートを感じるのはこの部分にあるのではないでしょうか。

 アートという現象は社会と相互に影響しながら変化していきます。アート作品は社会や人々の精神を顕在化して影響を外に広げますし、優れたデザインの商品は直接的に社会を変化させていきます。そうして変化していく社会や人々を養分にしてアートは新たな可能性にチャレンジします。このアートサイクルとも言える現象をこのアートの樹で表現しています。

 アートが何かということについては、教科書にもそれに関連したページがあるので、特に1年間の最初の授業ではそのページを紹介して、身のまわりのものの多くがアートに関連するものであることは話をしますが、ほんの短い時間なので表面的に触れることにしかなりません。アート思考を育むためには日々の制作と思考活動をじっくりと行なって、興味の幅を広げ、視点を広げていけるようにすることが大切で、そのサポートをするのが教師の役割です。ただ、この地道な教育がベストかというと、私は決してそのようには考えていません。生徒との関係を大切にして対話的に指導し、生徒が興味のもてる教材を考えるのは大前提の話です。私は美術やアートといったものへの意識は誰かの力がなければ育たないなんていうことはないと考えています。魅力的な美術館やテーマパーク、お店といったものは、利用する側の人が環境に刺激を受けて楽しみながら自然と主体的な学び手になります。美術室の環境作りには大きな可能性があります。



 今回の夏休み、ステンドグラス風の窓とこのアートの樹を作成したことで美術室の入口はこのような感じになりました。やるべきことは入口に関してはほぼやり切った感じです。今後は美術室の内部(すでにかなり手はつけています)や、学校全体の美的環境改善に力を入れていきたいと考えています。


 最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は「アートの樹」というアートという現象が視覚的に分かる教育美術について紹介しました。今回の教育美術で一旦このシリーズは終了します。また発信する状況が整った時には再開しようと思いますので、継続して教育美術に取り組んでいきたいと思います。特に感染症対策によって学校の在り方が大きく問われるようになった昨今です。学校だからこそ味わえる体験価値について考え、生徒が学校で勉強したい!と思えるような環境を美術という教科に留まることなく考えていけたらと思います。

 それではまた!





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