自分を失わないマグネット 〜制作を通して自分と向き合う〜
今回は樹脂粘土を用いて制作するマグネットの教材について紹介します。教材名は「自分を失わないマグネット」で中学3年生を対象に行いました。
この教材は今年の2学期におこないました。「自分を失わない」というテーマを入れたのは生涯に渡って自分が大切にしていきたいものをイメージする機会を作りたかったためです。そして、こういう自分の好きなものを自由に選べるテーマにすると、各々が制作の中でイメージを膨らませることも容易なため、生徒の主体性を生かすことができると考えました。マグネットを粘土に埋んだ彫刻にしたのは、ただの彫刻作品にするより、目につくところに作品を貼り付けて、自分が大切にしたいものを振り返る「お守り」のような価値を加えるためです。もちろん普通に置いて飾るのも良いでしょうが、「自分を失わない」というコンセプトと「くっつく」という部分をリンクさせたいと考えました。
樹脂粘土の魅力と注意点
今回使った粘土は樹脂粘土です。この粘土は紙粘土のように手にこびりつくことがなく、紙粘土を使った授業では定番の光景である「片付け時の手洗いによる混乱」は見られません。手にも優しいので、冬の時期に取り組んでも手荒れはそれほど気になりません。
絵具を直接練り込むことによって綺麗に着彩できますし、混ぜている途中でマーブル模様になるので、その状態を生かして造形できることも魅力です。紙粘土よりもコシが強く、固まってからも紙粘土ほど割れる心配がないため、紙のように薄い形も思い通りに表現できます。彫刻にも適していて、非常に細部までこだわった表現を施して仕上げることも可能です。
ここまで樹脂粘土ベタ褒め状態ですが、もちろん難点もあり、固まるまでは紙粘土とは比べものにならないぐらい変形しやすく、複雑な造形をする際は針金や爪楊枝、割り箸などの芯材が原則必要になります。また、収縮率が高く、乾燥すると1割ぐらい縮むため、数時間かけて形を整えていくことになります。なので、この作品自体は小さいものですが、少なくとも3時間程度は必要です。実際に私はこの教材を5時間程度で行い、1作目が早くできた人は2作目にも取り組んでもらい、多くの生徒が複数の作品を完成させていました。
単元の最初は動機付けから
今回の制作に入るにあたって、いきなりアイディアスケッチには行かずに、まずはウォーミングアップとしてGoogle Jamboardを用いて「自分にとって大切なものは何か」「自分を失わないために必要なこと」について考えを集めました。こうしてたくさんの参考になる考えが共有されることで、いきなりアイディアスケッチに入って何も浮かばないという生徒が出る可能性が低くなり、スムーズにアイディアスケッチに入ることができていたと思います。
アイディアスケッチの第一段階では以前から取り組んでいる自動記述法やマインドマップを活用して自分の中に潜在しているものをたくさん出し、そのイメージを繋いでいく中で作品のイメージが生まれていくという方法を取りました。この方法についてはずっと取り組んできているため生徒も慣れていて、マインドマップの書き方や、アイディアスケッチへの生かし方は各々でやりやすいようにアレンジしています。あまりこちらから細かいことは言わず、あくまで自動記述法やマインドマップは生徒の主体性に任せるようにしています。
樹脂粘土で遊びながら素材の特性を理解する
樹脂粘土を使ったことがあるという生徒はほとんどおらず、粘土と言ったら紙粘土というイメージの人も多くいます。樹脂粘土は紙粘土と非常に異なる特性を持つものなので、いきなり本番の制作に入るとかなりの確率で失敗して粘土を犠牲にしかねません。なので、まずは樹脂粘土を小さく切ったものを配り、自由に造形遊びする時間をアイディアスケッチの段階から設けました。素材の特性を掴んだり、それに応じた技術を獲得する学習を「遊び」のスモールステップで可能にすることが重要です。まずは気軽に遊んで樹脂粘度がどのようなものであるか体験を通して学ぶことで、制作のイメージも膨らみます。
私の実践では、この造形遊びの時間を大部分の生徒がマインドマップでイメージを膨らませてアイディアスケッチに入ったぐらいの段階で行いました。こうすることで、樹脂粘土の特性を生かした形を考えたり、実際に粘土で形を作りながらイメージを膨らませたりすることができたのではないかと考えています。「遊び」という前提があると、とにかく手が動きやすくなります。「遊び」には成功と失敗の明確な境界線がなく、その活動自体が「変態(メタモルフォーゼ)」であり、この無限の可能性の中で様々な意味が生み出されていきます。このような基盤があって「この粘土で面白い制作ができる」という手応えを掴ませることが重要です。
制作時間を通して見えたこと
粘土は中学生にも人気がある素材です。力を加えたら形が変化する瞬発力の高さや、彫刻したり、他の素材と組み合わせたりして作品を発展させられる部分は粘土の大きな魅力であり、充実した体験学習をさせてくれます。
今回の取り組みを通して、ほとんどの生徒がアイディアスケッチから大きく作品が変化し、自由に表現を進化させる姿がたくさん見られました。制作の中では予想外の発見もたくさんあり、その出会いが想像以上のものを実現していきます。単元の最後に行う作品鑑賞会では、自分自身の制作の振り返りで、「自分でさえ気がついていなかった自分の好みや可能性について制作を通して気がつけた」という主旨のことを書いている生徒もいて、改めて心象表現に関する制作は自分探しの壮大な旅のようなものであると考えさせられました。
様々な表現を組み合わせて作品を進化させていく今回の制作では、生徒の工夫からたくさんの面白い発見をすることができました。ある生徒は彫刻をしている中で出た削りカスを生かして、水飛沫の表現に活用していて、柔軟な発想力を生かしていたので、このような表現は生徒の許可を得て写真を撮影させてもらい、Googleスライドで全クラスと情報共有したり、授業のまとめの時間にGoogle Jamboardにアップして共有したりしたことで、学年全体で削りカスを生かす生徒が出てくるなど、学習の広がりが生まれました。
教師として授業中に行っていることは、生徒のつまづきを発見してサポートし、工夫された表現を他の生徒に共有したり、紹介したりすることが大部分で、もはや「教えている」という感覚がほとんどありません。まるで美術という場でチームになって一緒に取り組んでいるような感じです。
粘土の扱い方や彫刻の仕方、着彩方法や芯材の活用方法など基本的なことを教えることができたら、後は各々の考えに基づいて制作する中で自然と発展レベルの内容に進化していきます。そしてその進化は指導者が事前に予想したコンテクストを超越していきます。これがPBL(Project Based Learning)の魅力であり、主体性に重きを置いた新学習指導要領の目指す教育の在り方なのではないかと思います。
生徒が主体性を発揮して取り組みやすいように、教材研究して仕掛けを作ることがこれからの教師には求められていると思います。そのために、生徒が「自分ごと」として捉えられるテーマを考え、自由に制作するものを計画して発展させていけるように、これからも研究を続けていきたいと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は「自分を失わないマグネット」ということで、樹脂粘土を活用した制作について紹介させていただきました。今回の内容を読んで、この教材に興味をもっていただけた方がいらっしゃれば嬉しいです。これからも実践したものはなるべく記事にしていきたいと思います。
それではまた!
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