主体的な制作活動を促す美術室の環境づくり 〜道具と素材に出会える場〜


 今回は私が普段授業で使っている美術室の環境について紹介します。以前にも美術室の展示環境について説明したことがありますが、今回は材料や道具の設置環境についてです。

 美術の制作の時間は生徒の主体性を促すことが大切であると考えています。昨今「主体的で対話的な深い学び」やそれに親和性の高いPBL(Progect Based Learning)といった学習方法が注目を集めていますが、美術の学習活動は元々こういったものと相性が良く、昔から生徒の主体性を生かすことができていた先生もたくさんいたと思います。新学習指導要領によって変わる学びの在り方に対して、「新しい学び」という言葉を文科省は使っていますが、元々美術教育はその教科の特性から時代を先取りしていたと言えます。ただ、その一方で、画一的な造形教育がされてきた側面もあり、窮屈な制作条件や多様性への不寛容な指導から美術嫌いを多く生んできたという部分も否定できません。

 美術の学習をする上で、基本的な色や画材、描画方法の知識や技術を習得することは大切なことなので、これらの習得のために訓練的な作業の時間が入ってしまうことはある程度は仕方のないことかもしれません。しかし、そればかりになってしまうと、生徒は美術の時間に窮屈さを感じてしまい、知識を覚えたり、正確な技術を習得したりするのに時間が必要な生徒は美術から心が離れていってしまう危険性があります。私自身、これまでに自由度の低い着彩の訓練や画材の授業をたくさんしてきたことがあり、それによって生徒の主体性を促すことができず、お互いに辛い思いをしてきました。今思うと、当時は遊びの要素が不足しており、「きっちり学習」させることに重きを置き過ぎた機械的な作業時間にしていたと感じています。授業を考える際には、いかに生徒が実践的に、そして遊び的に学べるようにするかを重視することが大切であり、基本的な知識とスキルの習得に欠ける時間はなるべく短時間にして、後は生徒の主体性に任せる授業を練ることが大切であると最近は考えるようになりました。

 私が担当する中学校の美術では1年生の段階では基本的な美術の表現力を習得することがメインになっていますが、2・3年生では基本的な知識と技能を生かし、自分の理想と向き合ったり、より良いデザインを追求したりしながら表現を深める活動が主な狙いになります。これを実現するためには、生徒がやりたいと思ったことはすぐに行動に移せる環境であることが大切です。せっかく良いアイディアが思いついても、全員に等しく用意された素材だけを使うような状態では妥協を強いられることになりかねません。そのようなことから、私は以前から道具や素材として使えるものは準備室できっちり整理して、必要な時にはいつでもすぐに応えられるようにしてきました。

 ただ、準備室に保管していても、生徒はそれがあることを知っていなければ要求ができませんし、美術で使う道具の多くは普段目にしないものばかりなので、そもそも必要と考える状況に至りにくいという問題がありました。そして、授業中に準備室と教室を何度も往復するというのは、フットワークのトレーニングにはなりますが、生徒の活動をより良いものにする上で最善の状況ではないと考えるようになりました。そのようなことから、私は制作に活用できそうな道具は教室の中央にセットし、いつでも利用できるようにしました。教室の机はコの字型になっており、中央に道具類を保管する台を設置しています。


 道具を自由に使える状態にすると管理が難しいという側面もありますが、意外と大きな問題は起きません。稀にいい加減な返却をする生徒もいますが、普段から生徒を信頼する姿勢を見せることの方が大切であると考えていますし、多くの生徒に道具の魅力を実感してもらうには気軽に使える環境の方が好ましく、そのような中で道具との適切な関わり方を学んでいくことができるのではないかと思います。ちなみに、使う道具を絞り、徹底管理していたとしても、問題が起きる時は起きるものです。過去に何度も指導が大変な学級や学年を担当してきましたが、生徒への日々の信頼の積み重ねが一番大切であり、地道な関わりが不可欠です。


素材も自由に活用できる状態に

 道具だけでなく、授業で余った粘土や端切れ、ラミネートの切れ端、その他ゴミなども教室の中央にセットしています。元々、紙類(色画用紙やポスター、授業プリントなど)で余ったものは好きなように使えるようにしていましたが、それ以外の素材も加わったことで、生徒は興味をもった素材を次々に試すようになりました。

 多様な素材と出会える場を設定することで、生徒はアイディアスケッチの段階では考えていなかったような新しいチャレンジをするきっかけを掴みやすくなります。そうして発見が生まれ、自分でも想像していなかったような作品に発展していきます。私はそのような活動の中で生まれた表現は生徒に許可を得て写真撮影させてもらい、GoogleスライドやGoogle Jamboardでクラスや学年全体、場合によっては学年を超えて魅力的な工夫を共有するようにしています。こうすることで、生徒は「こんな表現方法もあるのか!」と気が付き、自身の制作の参考にして、また新しいものを生み出していきます。

 他者から学ぶ価値に気が付くと、普段から周りの表現に興味を持つようになり、鑑賞の活動が常態化します。そしてこの鑑賞力が制作に生かされていきます。このような流れが生まれた時には、教師は生徒の活動を見守り、工夫を賞賛し、良い情報を共有していくことが授業中の主な仕事になります。もはや「指導」という感じではありませんが、技術的な面で援助が必要な生徒へのアンテナは常に高く張るようにしています。生徒の中には理想が先走りして、あまりにも難易度の高い表現に挑戦しようとすることがしばしばあります。普段使わない素材や道具を活用する場合、多くの場合は困惑して手が止まってしまいます。そういう状況を発見した際には、デモンストレーションしたり、必要があればコツを掴めるように手伝うこともあります。つまり、生徒の作品に少し手を加えることになりますが、最終的には生徒自身が教師の援助した部分を完全にかき消すレベルにまで作品を発展させるため、少々の援助は問題ないと考えています。

 多様な素材を集めるためには、自分だけで用意できるものは限られます。自腹を切って大量に素材を買うわけにもいかないので、私はよく廃材をもらったり、取っておくようにしています。金属や木材の廃材は学校で働いていると結構手に入れる機会があり、ラミネートの切れ端や発泡スチロール、段ボールといったゴミ類も集めるのに苦労はしません。私が美術室に提供した端切れは、一部は私自身が昔集めていたものですが、そのほとんどは提供していただいたものです。粘土を使った制作をしていると不要な粘土や彫刻のカス、破損して不要になったパーツなどもたくさん発生しますが、こういったものも集めておくと、それを利用する生徒が現れます。まさにSDGsを実践しながらより良い作品に発展させている状況です。


 素材を多面的に捉えて活用する経験は美術という枠組みを超えた大切な学びの機会になると思います。これはSTEAMの目指す教育でもあるので、生徒の主体性を促す美術室の環境づくりには大きな可能性を感じています。今後、さらにこの状況を発展させていくために、地域との連携を高めて、不要になっている素材を学校に提供していただくことをお願いするのも面白いのではないかと考えています。そこから学校と地域の連携が高まりさらに可能性あふれる活動の機会が生まれると、すでにアメリカで行われているPBLに関する取り組み(High Tech Highなどの実践https://www.hightechhigh.org)にもつながるのではないかと妄想を膨らませています。今回は深くは述べませんが、GIGAスクール構想とPBLの相性は非常に良いため、今後、デジタルの力を活用しながら、美術教育をさらに広げていきたいと思います。


 最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は主体的な制作活動を促す美術室の環境づくりをテーマに、道具と素材に出会える場について説明させていただきました。今年度もあと少しで終了しますが、来年度に向けてさらに美術室が遊べる場になるよう、環境面での工夫を考えていきたいと思います。今回の内容が読んでくださった人たちにとって少しでも参考になるものになれば嬉しいです。また、「こんな環境作りの工夫もあるよ!」というのがありましたら、是非教えていただきたいと思いますので、お気軽にコメントいただけると嬉しいです。

 それではまた!!

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