美術を身近に感じる教材 〜私の町のパブリックアート〜

  今回は私が実践している教材である「私の町のパブリックアート(中学2年、軽量樹脂粘土)」について紹介します。これは粘土造形の教材で、生徒一人ひとりの自由な創造力を発揮しやすい内容であると考えています。

 パブリックアートは近くの公園や町の重要な場所でよく見ることができるため、子どもたちにとってかなり身近なアートの一つと言えます。教科書や美術資料にはたくさんの面白いパブリックアートが掲載されているので、それらを見せるだけでもかなり興味を持ってくれます。2・3年の美術の教科書に設けられているパブリックアートのページには「暮らしに息づくパブリックアート」という見出しがあり、そもそもこのパブリックアートとは人々にとって親近感のあるもので、生活に情操的な潤いを与えてくれるものであることを考えさせられます。もし、逆に暮らしに息づくものでなければ、それはただの不要な造形物であり、ゴミのようなものとして扱われることになるかもしれません。パブリックアートは場所との相互関係で人々にアートの魅力を大いに味わわせてくれるものです。

 私たちには一人ひとり理想や夢があります。そして、それを実現していくためには生活環境である地域や世界が理想的な状態であることが大切です。パブリックアートには、人々の心に働きかけて価値観に揺さぶりをかけたり、町の雰囲気を変えるきっかけになったり、大規模なものであれば町の景観を直接的に大きく変えることにもなります。イサム・ノグチ氏が設計したモエレ沼公園のように、元々はゴミ埋立の沼地であった場所が広大な美しい公園になれば、憩いを求めて人々が集まりますし、この公園の存在がその周辺の経済効果にも多少なりとも影響するため、地域の発展にもつながります。まさに劇的改造ビフォーアフター。持続可能な開発という観点で、パブリックアートには非常に大きな可能性があると言える側面があるのではないでしょうか。人々の心を潤すと同時に、町の発展にも貢献する。このことは町が世界遺産となっているフィレンツェなどにも言えますが、美しい場所には自然と人が集まり、その場所に感動が溢れ、その感動がさらなる観光客の増加にもつながりますし、その地域の住人にとっては美しい街並みが当然のものになってしまうかもしれませんが、生活環境という面では決してネガティブなものではないと思います。私自身、元々は関西(出身は京都府福知山市)に住んでいましたが京都に住んでいる人の多くは自分たちの住んでいる町に誇りを持っている印象があります。自分の住んでいる町に誇りが持てるというのは幸福度という面で看過できない部分ではないでしょうか。


ジャムボードで自分の生活や町はどうなって欲しいか意見共有


 授業ではパブリックアートの鑑賞や制作のアイディアスケッチを描く前に、最初にGoogleジャムボードで「みなさんの生活や町はどうなってほしい?」という質問に対する意見を共有します。ジャムボードでの意見共有は一瞬ででき、他者の意見を見て発展した意見をすぐに出すことができるため、ブレーンストーミングやKJ法でも非常に有効な手段です。基本的には発問して授業プリントを配布している間に上のような意見共有が完了していることがほとんどなので、導入の際にジャムボードは是非使いたいところです。

 この意見共有ではどんな意見が出てきても受け入れるようにしています。中には道徳的に問題がある内容の意見をわざと出す生徒もいますが、そういった意見には「ホンマにそんな町に住みたい?」と一言入れると、その意見はすぐに消えます(笑)。大抵の場合は貼り付けた本人が消している可能性が高いと思いますが、あまりにも不適切だと感じた他の生徒によって消されている可能性もあるため、ジャムボードによる意見共有というのは見えないところで様々な心理的な働きがあるように感じます。この1年間はGIGAスクール構想ということで積極的にジャムボードを美術の授業以外にも道徳や総合的な学習の時間、学活の時間などで活用しましたが、このツールが協働学習という点で大きな役割を果たしたことは間違いないと実感しています。

 このジャムボードでのブレーンストーミングによって、理想の生活や町についてイメージを膨らませることができ、アイディアを自力で出すのが苦手な生徒にとってアイディアスケッチに入る上での助けになります。「自分の好きな服を作りなさい」と言われたらほとんどの人が戸惑うと思いますが、「自分の好きな服を選びなさい」であれば、誰でもできます。アイディアの根本になる部分が選べる状態になれば、そこから作品のイメージを発展させることも可能になるので、スモールステップという観点でこのブレーンストーミングによる意見共有はとても大切だと考えています。

 意見共有した上で、さらにイメージを膨らませ、パブリックアートへの関心を持てるようにするために教科書やスライドを用いて世の中の様々なパブリックアートを紹介します。私の授業では自分が一番気に入ったパブリックアートについて簡単に感想を書く時間を入れていますが、鑑賞だけで十分に興味を持ち、制作モードに入っているのであれば、すぐにアイディアスケッチに入っても良いと思います。




 アイディアスケッチではマインドマップを活用したり、複数の視点からの構想図を描いたりしてイメージを膨らませます。そして自分の町(身近な地域ならどこでもOK)のどの場所に設置するのが良いかということについて考えることを通して、場所との相互関係を持ったパブリックアートがイメージされていきます。


素材遊びをアイディアスケッチの段階から入れる


 アイディアスケッチと同時にさせたいのが、造形遊びです。これまで私は紙粘土を使うことが多かったのですが、今回は初めて軽量樹脂粘土を使いました。私自身も紙粘土に比べると経験が少ない素材だったので、制作でどのようなことが起こるか想像がつきませんでした。もちろん生徒は使ったことがないケースがほとんどなので、軽量樹脂粘土の特性を体験的に学び、制作に役立てたいと考え、アイディアスケッチの時間に少量の粘土を配り、試しに遊びで好きな形を作る機会を設けました。制作に関係のあるものを作る生徒もいれば、完全に遊びで自由に色や形を表現する生徒もいて、短い時間であっという間に多様な作品が生まれました。

 粘土の良いところは、力を加えただけで形が変わり、芯材を利用することで複雑で奇想天外な形を作ることも容易なことです。樹脂粘土は絵具を練り込むことでマーブル模様になったり、綺麗な色に染まったりするため、色の面でも試行錯誤のしがいがありますし、素材自体が接着剤としての特性もあるため、他の素材や粘土同士を接着させる上でも、優秀な能力を発揮します。造形遊びするにはもってこいの素材です。このことを口で説明しても、生徒はその魅力について理解することは難しいでしょう。結局は実際にやってみなければわからないことがたくさんあります。

 造形遊びを入れることで、生徒は短時間で様々な試行錯誤をすることになります。遊びは「遊びたいから遊ぶ」という自己目的的な活動であり、遊びの中で、より面白い遊び、そしてそれをするための知識や技能が必要になり、自然と身につけていくことになります。軽量樹脂粘土の特性を理解し、表現力を身につけるだけでなく、「こんな形もできるかな?」と考えて作ることがアイディアスケッチの進化にもつながります。

 造形遊びを入れることで当然アイディアスケッチの時間や本番の制作にかける時間が削られることになりますが、最終的にほとんどの生徒が複数の作品を制作したり、一度完成した作品がその後さらに進化したりといった状況をたくさん見ることができました。単元の早い段階で造形遊びを入れて実践的に表現力を獲得したり、想像力が膨らむ活動を入れておくことが最終的には良い活動につながると信じて、思い切って遊ばせることの大切さを確認することができました。


彫刻したり、接着させたり、200%、300%の完成度を目指す

 軽量樹脂粘土は乾燥すれば彫刻も可能になるぐらい硬化します。完全な硬化時間が長い(冬場で2週間程度)というのが少しネックになりますが、彫刻ができるのであれば是非彫刻の利点を生かした工夫もさせたいところです。

 手や粘土ベラだけではどうしても形が緩くなる傾向があり、完全に仕上がった感じが出ないケースが珍しくありません。しかし、彫刻刀で余分なところを削り、サンドペーパーで表面仕上げをすれば、驚くような完成度になることがしばしばあります。「徹底的に仕上げる」というこだわり経験は自分の中に潜在する意外な可能性に気がつくことになるかもしれません。授業では100%の自分を表現するのは最低限の目標であり、それまでの自分を超える200%、300%の作品になるように制作に取り組むことの大切さを伝えるようにしています。これを聞くと、かなり体育会系でスパルタな状態をイメージする人もいるかもしれませんが、決して生徒にキツい要求をすることはありません。授業中に生徒に話しかける主な言葉は「この部分メチャ工夫してますね!」「どんどん進化してますね!」といった努力を認める言葉や、手が止まっている生徒には「どんな感じかな?」と生徒が考えていることを引き出すといった対話的なコミュニケーションがほとんどです。

 「まだいける」「もっと綺麗に」「もっと迫力を出そう」なんていう教師の側の価値観を押し付けるようなことは一切ありません。生徒が教師の指示を聞いて忠実に実行したとしても、それでは生徒の200%、300%を引き出したことにはならず、生徒の100%に教師の価値観という要素が加わった作品ができただけです。生徒の成長を考えるのであれば、どうしたいかを聞き取り、そのために使える素材や表現方法を参考になる程度に紹介することが大切だと思います。これは全てを生徒に任せ、放任するような指導とは違い、教師は一人ひとりのニーズに応えられる知識・技能、そして使える道具や材料の万全の準備をしておくことを意味しています。主体的で対話的な深い学び、アクティブラーニングといった学習は、教師が直接生徒に教える機会は減りますが、あらゆる生徒の活動と学びのニーズに応え、活動を促進させていくことが求められるため、実は知識や技能をこれまで以上に必要になります。また、俯瞰して全体の活動を見て、指導と評価の一体化をしていく視点も必要になるため、授業で暇をすることは基本的にないと考えられます。このような生徒主体の授業スタイルでは教師として求められることは多様になり、柔軟な対応が必要になります。多様性やBUCAが叫ばれる世の中において、これは当然のことでしょう。

 従来の教師が授業の主体になっているような指導法と比べると、求められることが複雑にはなりますが、私はあまり固く考える必要はないと考えています。なぜなら、教師自身が生徒の遊びに入り込み、場を盛り上げる役割を果たすことで、授業は成立するためです。そこに指導と評価の一体化の根拠となる生徒の成長を見取るというちょっとした業務が入る程度だと思えたら、授業は教師にとっても楽しいものになりますし、生徒の成長を見取ることが教師としてのスキルアップや授業の改善につながるきっかけにもなるため、生徒にとっても教師にとってもWIN-WINな時間になると思います。


単元の最後は作品鑑賞会で締める

 自分の生活や町の理想を考えて表現されたパブリックアートの制作からは遊び心の溢れた魅力的なものがたくさん生まれます。それぞれがアイディアを生かして工夫した作品は多様性そのもので、鑑賞する人に感動を与えます。作品鑑賞会では作品が最大限に魅力的に見えるよう、写真の撮り方にもこだわってChromebookで気に入った作品の撮影をしました。合言葉は「この時間は全員インスタグラマー」で、映える角度や光などについても考える時間にしました。





 作品鑑賞会では鑑賞ワークシートに一番気に入った作品の感想を書くだけでなく、作品の魅力を説明するために図や色を活用することも自由にして、マインドマップ的にかくことも紹介しました。もちろん普通に文章だけで鑑賞感想文を書くのも良いので、生徒が自分の特性に合わせて取り組めるようにしています。

 私個人の考えでは、マインドマップやイメージマップの方法を取ると、知識や思考がイメージ化されやすく、定着しやすくなりますし、自由に書き込んでいけるため、新たに浮かんだイメージをつなげていきやすいので、普段の勉強でノートを書く際にもこの方法を取った方が良いと考えていますが、人それぞれ好みや慣れといった様々な要素があるため、生徒が自由にやりたい方法を選べるようにしています。



 

 一番気に入った作品はジャムボードに写真を貼り付け、感想を付箋で入力し、クラス全体で情報共有をしました。これをすると他の人の感想の視点を知ることができ、感想を考えるのが苦手な生徒でもそれを参考にして書けるようになりますし、面白い目の付け所の感想を共有することもできます。



 授業の最後に、パブリックアートが世の中に増えるとどうなるかについて考え、意見共有すると、これからのアートが果たすべき役割についてイメージを膨らますことができました。生徒の意見の中には「アートが当たり前のものになって無感動になる」「落ち着いて生活できなくなる」といった趣旨のものも中にはありましたが、全体的にはパブリックアートがあることで日常生活が華やかになるといった考えが多く出ました。毎日パブリックアートに触れるのがストレスになるというのであれば、住む場所を自然に溢れた場所にするなど、人それぞれの好みに合わせて生活すれば良いと思います。

 これからの時代はAIやデジタルなどによるオートメーション化が劇的に進み、人間は単純労働から解放されて、もしかしたら働かなくても十分に生きていける時代が来るかもしれません。そうなった時に、人間はどのような生き方を選ぶのか。これに関する想像は色々とできますし、ただただ毎日ゲームをして遊ぶだけという人も出てくることでしょう。

 ただ、時代の進化とともに、教育の力も上がり、多くの人がいわゆる「確かな学力」や「生きる力」、そして「主体的に学び、活動する力」を手に入れることができるようになると私は期待しています。そうなれば、あらゆることに主体性をもって取り組み、一人ひとりが創造力を発揮していくことも可能になるかもしれません。そうなった時に、たくさんの人がアートに関する活動に従事して、町が発展し、毎日がテーマパークにいるような状態になるかもしれません。現に今、メタバースの登場によって仮想空間が創造性で構築されていっています。

 これからの社会に果たすアートの役割の大きさについてパブリックアートの制作を通して考えることができたのは、美術教育の意義に深く触れることだと思います。アートを身近に感じたり、街や生活に対する理想を考えることが、学習指導要領にもあるように、美術への理解と愛情を深め、美術文化の継承と創造への関心を強めることにつながると思います。


 最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は「私の町のパブリックアート」という私が実践している教材について説明させていただきました。軽量樹脂粘土は慣れると紙粘土以上に多様な表現ができ、しかも手につきにくいので、とても扱いやすく、彫刻や接着にも適しているので超おすすめの粘土です。これまでに使ったことがないという方は是非来年度の指導計画で検討してみてほしいと思います。また、パブリックアートは教材の特性上、身近に考えやすく、一人ひとりの理想や夢を反映させやすいので、生徒の創造力を伸長することにつなげやすいです。今回の内容が読んでくださった方にとって何かしらの参考になるものになれば嬉しいです。

 これから春休みは部活動や年度末の事務処理もあって、それほど時間に余裕があるわけではありませんが、来年度、美術教育でさらに生徒も指導する側も遊べる授業や教材の在り方、そして実践できる方法について研究をして、良いスタートが着られるようにしたいと思います。また、美術の教材で良い手応えを得られるものがあれば記事にしようと思いますので、これからもどうぞよろしくお願いします。

 それではまた!

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