生徒の表現を追体験
今回は生徒が絵画の授業で表現した方法を紹介します。紹介に用いる画像は私自身が生徒の表現から学び、追体験しながら制作した作品になりますが、生徒の工夫を分かりやすくまとめることができたと思います。
私が参考にした生徒の工夫した表現は中学3年生の絵画の授業で生まれたものです。この授業ではシュルレアリスムの技法を参考にして、偶然性の強い無意識の世界を開放し、自分の描く夢の世界や理想。欲望や欲求を表現します。シュルレアリスムの技法(デカルコマニー・オートマティスム・デペイズマン・フロッタージュ・ダブルイメージ・コラージュなど)を参考にすると言っても、3年生なので、これまでに学習してきたことは全て活用の対象なので、カットアウト(切り紙絵)や水彩の技法、印象派や野獣派、キュビスムによる色や形の表現方法、モダンテクニック、透視図や投影図、立体造形などを駆使して、「自分ならでは」の世界を表現します。
生徒は制作の中で、そのような表現を組み合わせ、独自の組み合わせを見つけ出し、強烈なインパクトをもった個性的な作品に発展させていきます。夢中になって取り組む生徒の姿を教師は見守り、何を表現しているか理解に務め、技術面でサポートが必要な生徒にはデモンストレーションや動画で学べるようにして、あくまで生徒の主体性を尊重する姿勢で授業を行っていると、自然と教師の想像を超える表現が生まれていきます。
そのような表現に出会ったときは生徒に許可をもらって作品の写真を撮影し、GoogleジャムボードやGoogleスライドで全体と共有します。こうして刺激的な表現を生徒にコーディネートすることで、「そんなことができるのなら自分もやってみよう」となり、そこからまた新しい表現が生まれていきます。
今回私が生徒の制作から学ぶことができた表現方法や素材の利用法は大変興味深いものばかりで、「絵画」という固定観念を破壊する豊かな創造性を感じられるものばかりでした。今回の内容で、私が刺激を受けた全ての工夫を取り上げることはできませんが、絵画表現の可能性として参考になるものになればと思います。
手形
手形を絵にスタンピングするのは定番中の定番ですが、手形の上から色を混ぜていくと手形らしからぬ自由な彩をもった表現になります。意外とこのような手形に化粧をするような表現は見たことがないのではないでしょうか。私は生徒の作品を見たときに、最初花を描いているように見えたのですが、よく見てみると手形になっていて、ダブルイメージの側面もあるという印象を受けました。
ティッシュ・コットン
筆をふき取る際に雑巾ではなくティッシュを使う人は結構いると思いますが、ティッシュに色々な色がしみ込むと染物のように美しくなります。そのティッシュをコラージュすると、少し色がすけた上品な雰囲気、立体としてのボリュームをもった表現となり、絵画=平面という固定観念を壊すような作品になります。
傷口に被せるコットンを貼り付ける生徒もおり、コットンも厚さを調整すれば透明感が出ますし、ちぎり方次第で凸凹をつくり、ボリュームに変化をつけられます。
ティッシュもコットンもボンドと相性がよく、ボンドを水で溶いてティッシュやコットンに絡ませて固め、艶を出しつつ、画面に定着させることができます。
ボンドで透明感と立体感
ボンドは乾くとほぼ透明になり艶もあります。立体感も出すことができるので非常に多様な表現が可能な優秀な画材です。実は昨年からボンドを画材として利用することが流行っており、水玉の艶をボンドで表現する生徒がいたのをジャムボードで共有したところから1年間で色々な表現が見られるようになりました。
最近は他の材料や絵具とセットで用いてボンドの効果を生かして面白い表現をする生徒がよく見られるようになりました。専門的な画材であればジェルメディウムなどもありますが、中学校の美術であることを考えると、一般的なボンドで十分ですし、生徒からすると身近な材料でできる工夫だからこそ、ブリコラージュ的な発想力を伸ばすことにもなるのではないかと考えています。ありあわせのもので何とかしようとする発想力はまさに生きる力に直結するものではないでしょうか。
針金・爪楊枝
元々は立体造形の心材として針金や爪楊枝を用意していましたが、これらを絵画に利用するケースも見られるようになってきました。針金をボンドでコーティングすることで画面にしっかり固定しつつ艶も与え、芯を強く感じる表現が生まれます。
針金を曲げて立体的な表現にする生徒もおり、形の自在性を生かして奇想天外で発展性のある造形性をもっている材料です。
梱包材のプチプチ
たまたま手に入れた梱包材を素材コーナーに置いておいたところ、これを利用する生徒が一人二人と現れ、その表現をジャムボードで共有していると、次々にこれを利用する生徒が出てきました。最初に手を伸ばした生徒は、絵のモチーフにタコを使っており、吸盤に「似ているから」ということで、それを再現するために利用していました。これはこれで非常に生々しい感じがするので、面白い表現でしたが、次第にプチプチの素材感自体を表現に生かして雲や光などの明るい感じを演出するために利用する生徒が出てくるようになりました。
直接的な形の引用から始まったものが発展し、現実の雲や光の特徴をさらに強調するために梱包材を活用する生徒が出てきたのは私としても完全に予想外のことでした。1学年200人以上いれば、同じ素材でも実に多様な表現方法が生まれるということを改めて考えさせられました。
不織布
これまた、偶然手に入った薄紫の不織布。素材的にも非常に綺麗だったので、きっと誰かが使うと予想して美術室の素材コーナーへ。早速これを使う生徒が現れ、単純に切って画面に貼り付けるのではなく、手でちぎってあえて毛羽立った状態にし、ふわっとした状態で貼り付けていました。
ここまでは何となく予想できたことだったのですが、ある生徒は不織布に絵具を染み込ませ、それを画面上に当てて色を画用紙上に写したり、不織布を動かして予測不能な模様を描いたりしていました。
自分自身も不織布を使って表現してみて分かったのですが、不織布は水をかなり弾きます。水で溶いた絵具を少し不織布に付けるだけでも、十分に色を画用紙に移してくれます。この水を弾く作用を利用すると、他にも多様な表現をすることができると考えられます。おそらく今後不織布を利用した表現をする生徒が出てくることでしょうから、その時にまた不織布の可能性を新たに発見したいと思います。
樹脂粘土
2年生の時に使った樹脂粘土が少し余っていたので、これも素材コーナーに置いていたところ、これを利用して画面に貼り付ける生徒もいました。樹脂粘土はボンドと良く似た素材なので、画面に定着しやすく、針金や爪楊枝を接着固定する際にも活躍します。
樹脂粘土で柔らかさのあるものは、力に対して耐久性があり、ひび割れが起きにくいという特徴を持っています。もし紙粘土を貼り付けると、乾燥後にバキバキに割れてしまいかねませんし、少量の紙粘土を含んでいるポスターカラーが乾燥後に画面から剥がれるのを見たことがあると思いますが、実は紙粘土を含んだものは基本的に強度が脆いという特徴を持っています。樹脂粘土はこのような紙粘土の弱点を埋めてくれるため、立体造形の際にも紙粘土より樹脂粘土をおすすめしたいです。ただ、樹脂粘土は収縮率が紙粘土よりも高く、引き締まりながらかなり縮むので、紙やダンボールに貼り付けると紙ごとかなり曲がります。乾ききる前に反り返りを直すと、まずまず平らな状態をキープできますが、少々扱いには注意が必要です。
今回紹介した表現の工夫に関するものは、現在進行形で行っている絵画の授業で見られたものなので、これからまだまだ刺激的な発展が起こるのではないかと考えています。昨年も同じ教材で最終盤になってとんでもない表現が出現するケースがたくさんありました。これから作品を仕上げて作品鑑賞会も行って、さらに作品の工夫について生徒と一緒になって見たり考えたりしていくことになります。発見できた興味深い工夫を私自身もまた実践して、表現や素材にたいする理解度を深めていきたいと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は生徒の表現を追体験しながら素材を生かした表現の可能性について発見できたことを書きました。改めて自分で実際に表現してみると、生徒の表現に自分がどうして感動したのかメタ認知できた部分もあったように感じます。これからも生徒の主体性を刺激する授業を考え、彼らをファシリテートしながら自分自身も一緒に学び、その経験を授業改善に繋げて生きたいと思います。思えば、ピカソも幼児の造形表現に刺激を受け、追体験しながら自分の表現を変容させていました。そうして90歳を超えても若々しく新しい表現にチャレンジする創造的な人生を全うしました。全てを遊びの種と考えて、創造性に繋げる。そんな日常を送り続けたいと思います。
それではまた!
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