1枚の画用紙で無限の楽しさ
桜も満開となり、いよいよ新学期が始まります。この時期は1年間の美術の指導計画を練り、生徒の手からどのようなものが生み出されるか想像することになるので、個人的に大変ワクワクする時期です。
今年は原点回帰を新年の抱負に掲げ、普段の生活や教育について捉え直し、毎日を楽しく過ごすことを大切にしています。自分自身が子どもの頃の感覚を呼び起こし、それを教育活動に反映させることで結果的に生徒にとっても自分にとってもWIN-WINな状況を発展させることができるのではないかと考えています。
そのような状況を実現して生徒の主体性を刺激できるよう、昨年度末、1年生の最後の授業で実験的な教材に取り組んでみました。それは「1枚の画用紙で無限の楽しさ」というもので、生徒に画用紙(16切サイズ)を1枚配り、30分程度の制作時間で自由に作品を制作してもらいました。
この教材を実践することを通して、改めて造形教育に限らず教育全般において大切なことを確認することができたと感じています。この経験は今年度の指導計画を考える基礎固めになりました。
今回はこの教材の説明について簡単にまとめました。造形教育に携わる人にとって何か参考になる内容となれば嬉しいです。
制作条件は「1枚の画用紙を使い切って制作時間は徹底的に楽しむこと」
ルールは「マナーを大切にする」「教師に許可を求めない」
1枚の画用紙を配っていきなり自由に30分程度制作させるのも良いと思いますが、「画用紙を使い切って徹底的に楽しむ」という制作条件を設けるようにしました。楽しむことを条件にすることで、制作時間中は可能な限り楽しさを創り出す必要が出てきます。この条件設定は時間を最大限に有効活用する上で根本的に大切なことだと考えています。この条件を設定していることで、暇を持て余しているような生徒に「楽しんでますか?」と尋ね、生徒のメタ認知を促す仕掛けをしやすくなります。実際には手を止めて時間を潰している生徒はほとんどいませんでしたが、紙飛行機のようなすぐにできるものを作成した生徒も時間いっぱい色を工夫したり、より良く飛ぶ構造の紙飛行機を調べたり、改良を加え続けていました。
「マナーを大切にする」と「教師に許可を求めない」をルールとして設定した狙いは、自分で考えて行動することを第一優先にしてほしいと考えたためです。人に迷惑をかけないことや道具を大切に使うことは当たり前のことです。これらについてわざわざルール説明しても生徒からすると気分良く話を聞けるものではないと思います。わざわざ禁止事項を色々と言う時間がもったいないだけでなく、禁止事項を並べることによって生み出されるネガティブな雰囲気は充実した学習時間にする上で必要ではないと考えています。判断を生徒に委ねるからこそ育つ非認知能力が大切です。
このような制作条件とルールの説明はそれほど時間がかかるものではなく、画用紙を配りながら2分程度で済ませることができます。なので、授業が始まってすぐに制作に入りました。
画用紙という「仕掛け」
何もない状態から「30分程度制作をもう」と言われても、やりたいことを見つけて主体的に取り組むのが難しい生徒は多いと思います。やることが分からない状態でモチベーションを上げることは困難です。
しかし、画用紙が1枚あれば状況は全く異なります。これさえあれば絵を描くのはもちろん、立体工作や折り紙、紙飛行機を作ること、切り絵をしたり版画をしたり、できることの可能性は無限に広がります。画用紙という表現をするための「場」がアウトプットのスイッチを入れる役割を果たします。「場」さえあれば、後はこれまでに培ってきた自由な発想力と学習してきた知識や技能を活用して存分に表現するだけです。
授業の中では生徒が次から次に挑戦的な造形に取り組み、表現を発展させる姿を見ることができました。私の美術室には自由に活用できる素材や道具、画材を置いており、それらを自由に活用して画用紙を有効活用していました。時間が30分程度と、とても短かい中での制作ということもあり、手を動かしながら考える姿が印象的でした。
この制作の振り返りを授業の最後に行いました。一部の生徒の感想を載せておきます。
◯小学生の頃に画用紙一枚でなにかしら作品を作れと言われても今日作った作品にはならなかったと思う。この一年間で色々な表現技法を学んで、ここまで出来たと思う。
◯紙一枚にも色々可能性があり、つくる人によって作品が変わってきたりする。紙の可能性を活かして作るのが今回の制作では大切だと感じた。切ってみたり、くっつけてみたり、書いてみたり、色を付けてみたり、立体的にしてみたり、たくさんできる。いろんなことを試したりしてみるのも大切だと思った。
◯最初、紙一枚で何をしよう、と悩んでいたけど、時間が足りないほど没頭してしまった。逆にそれは、紙一枚で何でもできるから悩んでいたんだろうなと思った。絵を描くにしても、クレパスで書くか、クレヨンで書くか、絵の具で描くか、鉛筆で書くか、など、他にも色々な手段がある。もちろんデザインも数え切れないほど選択肢はあるし、自分にしか作れないものが作れる。そう考えたら何でもできるかも!と思った。◯画用紙一つであんなことやこんなことができることが改めて理解することができた。これからの美術は想像力をフルに活用して楽しくやりたいです。
制作条件が作品の完成ではなく、「徹底的に楽しむこと」という造形遊びに重きを置いた内容であったため、失敗を気にしないだけでなく、失敗を生かして試行錯誤するというように安心感の中で取り組むことができていたのではないかと思います。
授業の中では少しの時間ですが相互鑑賞の時間も取り、Chromebookで気に入った作品を撮影し、Googleスライドの振り返りシートに貼り付けるようにしました。鑑賞や振り返りを通して、画用紙1枚あればいくらでも楽しむことができるということを実感できれば、他のどんな制作においてもその経験が生かせます。本当はそのような経験は小学校入学前までにほとんどの人がしているはずですが、それが十分にメタ認知されていないと、その後の経験の中で創造力を発揮することが難しくなってしまうこともあります。経験を自分の言葉で言語化することで経験をさらに深め、いつでも活用できる生きた知識となります。
「楽しみと挑戦に溢れた充実した学び」があれば作品の完成は二の次
鍵は普段の授業での見取りとレポート
作品を完成させることは生徒の達成感という点でとても大切なことではあると思いますが、完成にこだわりのない「経験重視タイプ」の生徒もいるということを頭に入れておく必要はあるということを最近強く感じるようになってきました。これは学習内容は大変理解できているにも関わらず提出物関係に無頓着な生徒と似た状態であると考えています。
提出物は学習状況を見取る要素の一つ。新学習指導要領や主体的な学習に基づいた学習評価が重要視されるようになって、教師は学習の過程自体を見取って適切に評価するように努める傾向が強くなってきています。これは美術であれば完成作品も学習状況を見取る要素の一つであり、他にも授業中の様子や振り返り内容など、たくさん学習状況を見取る要素はあり、それらを総合的に判断して学習評価することが求めらると私は理解しています。
今回「1枚の画用紙で無限の楽しさ」をつくる授業を行なって、改めて完成作品は二の次であり、学習時間をフル活用して挑戦的な取り組みができて創造力を発揮することができたのであればそれで十分であるということです。むしろその充実感を徹底的に追求していくことが教師の役割ではないでしょうか。評価のために充実感を犠牲にしてしまうような生徒が望まない「仕掛け」ではなく、生徒にとっても教師にとっても充実した楽しさを味わえる授業を創造することが、教師としてまず目指していくことであると思いますし、今年度、個人的に重点的に研究と実践をしていきたい内容です。
最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は1枚の画用紙で無限の楽しさをつくり出す教材について紹介しました。このようなシンプルな材料でも、学習してきた知識や技術を活用すればいくらでも面白い作品を短時間で創造できます。 この教材は学年末にしても良いですが、逆に新年度1発目の授業に取り入れても生徒の美術に対する興味やモチベーションにスイッチを入れることができると思います。今回の内容が読まれた方にとって何か参考になったのであれば嬉しいです。
それではいよいよ新年度の開始ということで、今年も存分に美術の授業と研究を楽しんで結果的に良い1年になったと思えるように取り組んでいきたいです。
それではまた!
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