神戸に校外研修へ行って気がついたこと

 5月のこの時期は多くの学校で校外研修を行う時期だと思います。私も今回5月8〜9日にかけて神戸に震災学習へ行ってきました。震災学習と言っても2日目は班別自主研修で神戸の街を観光する時間もあり、神戸の街の魅力を様々な面から味わえる2日間になりました。

 神戸への研修は今回で4回目でしたが、改めて感じさせられたり考えさせられたりすることもたくさんあったので、備忘録的に気がついたことをまとめてみました。


心の安心・安全

 「心の安心・安全」は今回のスローガン(学級委員会で決めました)で、副題に「今だからこそ分かる身近な人の大切さ」というものがついていました。率直に良いスローガンを学級委員の生徒たちは考えたと思います。この言葉の前置きがあったことで、改めて大切なことに気がつけたと思います。

 人と防災未来センターでの見学の中で「このまちと生きる」という15分程度の動画を見ました。もう下見も含めるとこの動画を見るのは5〜6回目となります。初めて見た10年前と内容も変わっていません。それでも、今回非常に印象に残ったシーンがありました。それはナレーターの女の子が火事に巻き込まれて死んだ姉の遺品を家族と一緒に探していた時、「幸せな時間が流れた・・・」と語った部分です。普通に考えたら震災で街が滅茶苦茶に破壊され、姉を失い、厳しい生活をしていて「幸せ」などという感覚を得られるとは考えにくいですが、家族とのつながりを感じる時間さえあれば「幸せ」になれるという、とても大切な視点について考えさせてくれる部分だったと思います。


 人や物など、存在するものへの執着心を私たちは持っており、形あるものはいつかなくなるということは分かっていても、それを自然体で受け止めるのは簡単なことではありません。やはり私も解脱者ではない煩悩の塊である一般人なので、人や物を大切にすれども、失うことへの受け入れ難い気持ちは抱いてしまいます。ただ、そういった心を持つことが人間として未熟であり、駄目というわけではなく、たとえ失ったとしても、心のつながりさえあれば代わりに新たな幸せを得られるという、心のセーフティーネットのようなものさえ備えていれば、苦難を乗り越え、たくましく生きていくことができるので、身近な人や物を大切にする気持ちを忘れないようにしたいと思います。心の安心・安全とは身近な人を大切にして、心の拠り所を持ち続けることによって成し得るものなのではないかと思います。

 クラスメートや親しい友人、部活動のチームもそういう意味でとても大切な心の拠り所になると思います。部活動については地域移行など、学校における状況は色々と問題が山積していると言われていますし、部活動内での人間関係で不安を感じてストレスを抱え込んでしまうケースもありますが、基本的には一緒に部活動を楽しみつつ練習に励み、良い仲間関係を築いているチームも多くあると思います。個人的な話になりますが、仕事が山積している中でストレスを抱えたとしても、テニスコートに出れば部員と気持ちよくテニスを楽しみ、お互いを認め合って活動できる部活動という場に大変救われてきたと感じています。

 人とのつながりによって生まれる心の拠り所となるものを一つでも持っていれば「幸せ」だと思います。そんなことに改めて気がつかされた震災学習でした。


神戸の恵まれた自然と文化

 神戸は港町ということで、昔から海外との文化交流の中心地として異国情緒あふれる文化都市として発展してきました。南京町や北野町の異人館街は言わずと知れた観光スポットです。

 そして、自然の面では海と山の距離が大変近く、海から数キロ北上すれば山を登ることもできる自然と文化の要素が凝縮された街です。なので、この街を班別自主研修すれば短時間でも神戸の多様な魅力を味わうことができます。今回、1日目の夜は六甲山にあるレストランで食事し、その後テラスから夜景を眺めました。生徒は夜景の美しさに絶叫(この日は白い息が出る程気温が下がっていて寒すぎてテンションが上がっていた節もありましたが)していました。この夜景が見られるのも大都市神戸に豊かな自然がセットになっているからこそと言えます。



 今回、班別自主研修では布引ロープウェイまで北上(スタート&ゴールはメリケンパーク)する班があったということで、私がそちらの担当で配置されました(普段からスポーツとトレーニングをしているということで、毎度班別では遠方を担当させられます…)。

 新神戸駅の隣にあるロープウェイ乗り降り場についた時、大人料金が2000円と高過ぎたので結局ロープウェイを使わずに布引ハーブ園まで山登りしました。途中に布引の滝という名所もありましたが、非常に険しい山道で、通りすがりの人は皆ハイキングの姿をしている中、私はジャケットに革靴姿という場違いな格好で汗だくになりながらハーブ園まで登りました。夢中で山登りしている時は、神戸の街に来ていることを忘れそうになるぐらい秘境感がありました。



 布引ハーブ園に到着して生徒がやってくるのを絶景を眺めながら1時間程度待っていましたが、生徒はハーブ園の駅で降りずにただ上がって降りてくるというロープウェイの旅を楽しんだだけのようで、結局生徒とは誰とも会えませんでした。何のために山を登ったのかよく分かりませんでしたが、美しい自然を堪能できたことに変わりはなかったので満足できました。自然は裏切らないということを再認識できたのはとても意義深いことでした。


楽しむために特別な物は不要

 これは生徒から大変学ばされたことですが、普通のことかもしれませんが今回の研修ではスマホやタブレット、カメラなどの機器を一切生徒に持たせていませんでした。思い出のためにカメラはOKというケースもありますが、今回は研修目的ということで禁止にしていました。ただ、トランプとUNOは避難所でもできる遊びということでホテルでは使えるようにしていました。

 色々と制限の多い環境ではありましたが、そういう状況だからこそ生徒は仲間とのコミュニケーションを大切にしていたように感じます。バスの中ではリズム取りゲームをしたり、会話をしたり、身体一つで楽しく過ごしていました。生徒の中には普段ゲーム中毒とも言える状態でなかなか学校に来ることができない生徒もいましたが、そんな生徒でも2日間を存分に楽しむことができたようです。

 人と防災未来センターに入る前に待ち時間があったので、なぎさ公園で自由時間がありました。広い公園で鬼ごっこしたり、コンクリートの壁をよじ登ろうと挑戦したり、海を眺めて黄昏たり、色んな生徒の姿を見ることができました。そういう姿を見て、やっぱり人間の楽しみ方は多様であることを確認したような気がしました。大人になっても広い公園で無邪気に遊びたいものです。ただ、大人になると鬼ごっこをしようと誘っても「普段走っていないから無理…」となるので、日常的に運動をしている子どもたちは健全な生活をしていると感じます。

 今回の研修では班別自主研修中に購入できるのは活動中の飲食物のみで、お土産などは一切買わないというルールにしていました。それは教員も同じで、全員身軽な状態で倉敷へ帰りました。神戸に来たからには買い物を。そう考えがちかもしれませんが、お土産などを買わない代わりに「土産話」がメインになるのも悪くはないどころか、むしろこれが大切なのではないかと感じました。もちろん、お土産を買っても土産話ぐらいはするでしょうが、土産話という経験したことに全ての焦点が当たる状況は精神的な面でとても重要な意味を持つのではないかと思います。神戸で経験したことについて家族と話をすることが心のつながりを強めるのは勿論のこと、自然や文化の魅力について家庭の中で情報を共有することは今後の家族の活動にも影響をもたらすことでしょうし、そういった経験がまた新たな学びをつくり出します

 デジタル機器で遊んだり、SNSや買い物を楽しんだりといったことが便利にできる時代だからこそ、改めてそういったものがなくても楽しめるということ、むしろそういうところに人間としての楽しみ方の本質があるということを感じることができた神戸での研修になりました。


 最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は神戸研修で気がつけたことを備忘録的にまとめましたが、何か参考になる内容があれば嬉しいです。

 校外研修が終わったら、今度は体育会があり、それが終わったら中体連の総合体育大会もあり、怒涛のような時間が過ぎる1学期ですが、身近な幸せを大切にして、毎日楽しんでいきたいと思います。

 それではまた!

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