部活動の果たす役割 〜非認知能力を育む重要な場〜

 現在、部活動の地域移行を目指して日本の各地で取り組みが行われています。倉敷市はまだまだ地域移行ができるような状況ではありませんが、いずれ教師の多くがこれまでのように生徒の活動に携わることはなくなっていきます。

 私自身は自身の専門であるソフトテニスの顧問を一貫してさせてもらっていて部活動に主体的に取り組むことができていますが、専門外の先生が顧問を担当しているケースは少なくありませんし、部活動によって拘束される時間があまりに長いことから教師が部活動をすることに問題を感じている人は多くいます。このことが部活動地域移行の要因の1つになっており、私も部活動が教師の過度の負担になっており、早急に解決しなければいけない問題であると感じています。

 本当は行政が部活動の地域移行に向けて具体的な取り組みを行い、学校と生徒、部活動、地域の新しい関係をつくっていくべきところですが、待っていても変化はなかなか起こらないということで、私は部活動支援員を雇ったり、クラブ活動を斡旋したり、地域移行に向けて地盤を作っています。少しずつではあっても地域移行に向けた形を作っていけばそれが連鎖して大きな動きになればと思います。

 ただ、私はなんでもかんでも学校から地域に丸投げして良いものではないと考えています。もちろん、地域の人材を生かして部活動をクラブ化するメリットはたくさんあり、スポーツや芸術の更なるレベル向上につながることと思います。しかし、私はそれによってこれまで部活動が果たしてきた大切な役割である「スポーツや芸術を愛好する心情を育てたり、仲間と協力して達成したり成長したりするウェルビーイングにつながる経験」がこれまでに比べて限定的なものになりかねないことを危惧しています。もちろん、部活動といっても、これまでにも結果主義で生徒にとって心を育むような経験ができないようなケースもたくさんあったと思いますが、主体性を重んじる学校教育の時代において、部活動も生徒の主体性が尊重されるものとなり、昔に比べて生徒が顧問の体罰や高圧的な態度に恐れながら活動をするようなケースは少なくなっています。

 生徒が主体性を発揮して取り組める部活動は豊かな経験と成長に貢献する大変重要な意味を持つものであり、非認知能力(コミュニケーション能力や物事に感動したり興味をもって取り組んだりする力)を育てる重要な働きがあると感じています。学力を中心とした認知能力だけでなく、心のパワーとなる非認知能力も重要であるという認識が広まっている昨今において、部活動という場は大切であると考えています

 前置きが長くなりましたが、今回は学校という教育機関が行う部活動の果たす非認知能力育成における可能性について私の経験に基づいて考えをまとめてみました。



部活動でチームの一員として動く社会性を身につける

 毎年、1年生が4月に入部して気付かされることがあります。それは1年生の多くの生徒がチームの一員として自主的に動けるようになるには「指導」が必要だということです。準備や片付け、練習中の移動など、自分で判断して動かなければいけない状況がたくさんありますが、入部当初の1年生は仲間と群れて先輩が準備や片付けをしていても、そのことに気付かずに過ごすことが珍しくありません。練習中に戯れあって悪気無く周りに迷惑をかけることもあります。そして改めて感じるのが先輩たちの判断力の高さです。自分で色んなことに気がついて行動し、部活動がスムーズに行われるように調整することができます。

 当たり前にできると思うようなことでも、部活動の中でチームの一員として活動している中で学習しているからこそできるようになることがたくさんあります。友達同士で仲良くしたり、クラスの中で割り振られた係の役割をこなすだけでは身につかない、チームの中での自主的な行動力、そして他者と協力してより良い状況をつくりあげていく社会性、こういったことが部活動を通して身についていると感じます

 部活動では先輩や顧問といった1年生に「指導」する立場の人間がおり、そういう関係の中で1年生は入部以前には考えたこともなかったことを学ぶことになります。保育園や幼稚園に必ず先生がいて園児の活動を温かく見守りながら調整するのと同じで、部活動にもそのような関係性が存在します。ただ、この関係を実現するには顧問と生徒、先輩と後輩のリベラルな関係が非常に重要になると感じています。お互いに尊重しつつ、良好な関係(いわゆる仲良しというものではなく、共に励んでいく仲間としての関係)があれば、顧問や先輩の「指導」も1年生にとってはそれほど大きな負担にはなりません。

 そのような関係の中で生徒は社会性も自然と学んでいると感じます。生徒の中には広汎性発達障害など、情緒面での課題を抱えているケースも少なくなく、そういう生徒は部活動でも最初は色んなことに躓いたり、壁にぶち当たったりします。しかし、周りの温かいサポートの中で次第にチームの一員として動けるようになり、少しずつ適応し、特性を生かした形で成長していきます。

 特に私が顧問をしているソフトテニスという競技の特性かもしれませんが、部活動をしていて思うのが、普段使わないポジティブな言葉をたくさん使うということです。「ドンマイ」「ナイスショット」「ナイスキャッチ」「惜しい」「お願いします」「ヤバい」「凄い」「ありがとう」「ごめん」こういった相手への敬意や励ましに関する言葉をたった1分間で何度も使います。ラリーの練習などでは全然謝る必要がないようなショットでも、難しすぎる所にボールを運んでしまった場合は癖で謝ってしまうぐらいに「ごめん」という言葉は私自身もよく使います。こういった言葉を普段から使えたら素敵ですが、そもそもそんな機会が他の場面ではなかなかありません。それぐらい部活動という場は他者と関わり合う場であり、その機会が多くの生徒に開かれているということに重要な意味があると私は考えています。これがクラブ化して活動に参加する母数が減ってしまうとそういう経験をできる生徒が少なくなってしまうわけで、これは子どもたちの成長の機会喪失につながりかねないと感じています。

 部活動はこのように他者との関係の中で心理的な成長を促す場としての重要な役割を担っており、部活動の地域移行が進んだとしても、生徒の活動機会確保のためにも完全に学校から切り離すべきものではないと考えています。


時間と場所を有効に活用する創造性

 部活動では顧問の指示で練習することもありますが、顧問やコーチの考え方次第では活動時間の多くを部員に委ねて取り組ませることもあります。私は平日の練習では基本的に生徒に練習内容を委ねています。休日のメニューは私が考えていますが、基本的には生徒がやりたい「楽しい」練習を中心にしていますし、生徒がやりたいと言ったメニューは尊重するようにしています。

 大人の指示通りに練習に取り組むという部活動もあるかもしれませんが、部活動は生徒の主体性を重んじる場であり、生徒がやりたいと思ったことを第一に取り組めるようにすることが大切です。しかし、全てを生徒に委ねて自然と生徒がやりたいことに夢中で取り組むようになるかというと、その状況を実現するまでに乗り越えなければいけないことがたくさんあります。

 部活動では時間も場所も限られた条件の中で行うことになるため、取り組み方次第で同じ時間でも内容の濃い充実した活動になることもあれば、暇を持て余したダラダラした活動になることもあります。部活動に所属していているほとんどの生徒が「もっとレベルアップしたい」という思いを持っていることを考えると、部活動を最大限に充実したものにする必要があります。

 多くの部活動において練習時間中はずっとプレーしているわけではなく、たくさんの部員がいれば「練習の待ち時間」なるものが存在します。この際にただ突っ立って順番を待つのか、自分で考えて練習した上で順番を迎えるのか、こういった時間の活用術について考えさせることが非認知能力を伸ばす上でも重要な機会となります。あるものをそのままに受け取るのではなく、自分の工夫次第でいくらでも内容を濃いものにすることができる創造力は部活動以外の場面でも生かされます。

 この点においてはある程度大人が指導する必要があると感じています。なぜなら、普通に放置していれば人間は遊びをしている時以外はオフモードで休むようになっているからです。打つ順番を待っている時、理想を言えば待っている時にもフォームのチェックをしたり、フットワークの練習をしたりして欲しいところですが、自分の意思で継続して取り組める生徒はほとんどいません。なので、待っている生徒はネットに向かってボールを打ったり、同じく順番待ちをしている生徒とボールを使ったエクササイズをしたり、「暇を潰すアクション」を教えるようにしています。ボールを使うこと自体は呆然と立って待つことよりも楽しいことなので、この習慣が身につくと自然と上手に暇潰しの練習をできるようになりますし、上達も早くなるのでプレー自体をより楽しめるようになります。

 部活動を延々と時間をかけてやるのではなく、限られた時間で最大限に練習して休むときはしっかり休む。このような時間の使い方が望ましいのは当然のことですが、これを実現するためには可能な限りの工夫が必要であり、その方法について知ったり、考えたりするきっかけを提供することが顧問やコーチの大切な役割です。時間と場所の有効活用に必要な創造力、非認知能力は部活動以外にも生かされることであり、たとえ大会で大きな結果を出せなかったとしても、培った創造力は様々な場面で生かされることでしょうし、そういう視点で部活動という教育が行われるべきであると考えています。


スポーツや芸術を愛好する心の育成

 生徒の姿を見ていて非常に印象的なのが、入部当初は全く運動経験がなくてラケットにボールを当てることさえできなかったような生徒が次第に上手になり、部活動の時間が1日の楽しみにまでなることはよくあります。たとえ試合で強い選手に勝てなかったとしても、良いプレーができて相手に太刀打ちできたという経験ができれば、それは十分に個人の中で部活動を通して得られた実績になります。

 スポーツにしろ芸術にしろ、その道のプロになって生きていく人はごく僅かですが、これらを趣味として一生愛好することができれば、その見返りはプロとしてお金を稼ぐこと以上に大きなものになると思います。ストレスが溜まっていれば趣味で発散することができます。スポーツであれば適度なレベルであれば健康を保ち、日々の活力を刺激しますし、芸術はそれ自体が感動体験そのものになります。これらに取り組むだけでも十分に非認知能力が育まれますし、レベルを本格的に上げようと思えば科学的な知識も必要になるため認知能力も一緒に伸ばすことができます。少なくとも指導者としてやっていくために科学的な知識は超重要であると感じています。

 そんな素晴らしい可能性をもっているスポーツや芸術、こういったものを愛好する心の育成が学校教育の一部である部活動が果たす主な役割になっていますし、主体的な学習者を育てるプロである教師が関わる重要な意義であると考えています。それと同時に、「中学校生活で頑張ったこと」について入試の質問で生徒が「部活動」と答えることがあまりに多いので、学校の主な教育の機会である教科の面での充実も図っていきたいと思います。

 部活動の素晴らしさは私も存分に認めていますが、学校は本来総合的な学びの場であるので頑張ったことに多様性が生まれるように学校の学習環境を整えていく必要があります。私としては、生徒には中学校で頑張ったことが「総合的な学習の時間」「美術の創造活動」「生徒会活動で学校をより良い場に変革する取り組み」と言ってもらえるように励んでいこうと思います。全て美術の創造活動の一部だとさえ個人的に考えています。究極のポジショントークですが(笑)


 最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は部活動の果たす役割について非認知能力と絡めて私の考えをまとめさせていただきました。学校という毎日生徒が来る場所で行われる部活動。ここから見えてくる部活動の存在意義について何か参考になるものがあれば嬉しいです。

 これからも地域と部活動をつなげる架け橋として活動しつつ、より良い部活動の在り方について研究しつつ、日々実践をしていきたいと思います。また何か報告できるようなことがありましたらブログにまとめようと思います。

 それではまた!

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