教科横断的な美術の学習について②
前回の関数のグラフでバランスの良い図を描けるという教科横断的な美術の学習に引き続き、今回も数学と関連した教科横断的な美術の学習について、私が授業で実践している内容から紹介します。
上の図は日本の伝統文様をステンシル版画で作成したもので、正方形ベースの方眼と正三角形ベースの斜方眼を基にして図を描いています。こういった文様も方眼さえあれば簡単にかけるようになりますが、そのためにはほんの少しだけ数学の知識(コンパスを活用した垂線と正三角形のかき方)を活用します。ほんの少しとは言っても、数学の知識を活用しなければこれらの文様をバランス良くかくのは困難を極めます。
日本の伝統文様はネット検索すればいくらでも出てきますし、それを拡大縮小コピーして切り抜けば自分で文様をかく力がなくても割と自由に版画作品を作ることも可能ではあります。しかし、そのような方法では数学的な視点で捉え、構造を分析したり、スケールを自在に調整したり、法則を活かして発展的な文様を作成したりする数学的リテラシーを活用した美術表現をする機会を得ることが難しくなってしまいます。
せっかく数学で定規とコンパスだけで垂線や正三角形をかく方法を学んでいるのであれば、そういった力がデザインを構成する基盤になり得るということを実感し、いつでも状況に応じて図を活用できるのが望ましいと私は思います。印刷によるコピーではせいぜいA1サイズのものまでしか作成できませんが、この方法を知っていればもっと巨大なものでも自在にできますし、スケールが大きくなるほど数学の力が発揮されます。建築や都市計画のデザインに数学的リテラシーが必要になりますが、平面デザインでの数学の知識の活用はそのためのスモールステップになり得ると考えています。
というわけで、今回は簡単に方眼と斜方眼のかき方、そしてそれを基盤にした伝統文様の作り方について紹介します。興味があれば伝統文様の切り絵やステンシル版画で遊んでみてください。
垂線を活用して方眼作成
コンパスと定規を活用して垂線を複数本かき、同じ長さで区切ったものを直線で結べば正方形を敷き詰めた方眼を作ることができます。垂線をわざわざコンパスを使ってかかなくとも、紙の形に沿って長さを区切れば方眼はできますが、紙に縛られることなく自由に方眼をかく方法を知っておくこと自体に意味があると思います。
定規ではなくコンパスを活用して垂線を引くというのは、数学で学んだ、コンパスで垂線がかけるという知識を生かすためだけではなく、垂線を活用して長さを均等に図ることでズレを少なくして、しかも短時間で正方形がかけるということへの気づきにつながります。方眼作成をすると普通の数学の学習ではかかないたくさんの正方形をかくことになります。この方眼がもし垂線でなく1度でも角度が傾いた線であれば、たくさん正方形をかいているうちに大きなズレとなってしまいます。分度器でかいた場合は、分度器自体が小さいため、1度程度の小さなズレが割と起きやすく、方眼のような正確な形が敷き詰められたものを作る場合にはあまり適しているとは言えません。上の写真であれば、一番右に記した垂線を作るためのコンパスによる交点が結ぶ点からかなり近く、ズレが大きくなりやすいのに対して、一番左のコンパスの交点はかなりの距離をとっているため大きなズレにはなりにくいと言えます。
コンパスを使っても定規で線を引くときに僅かに点からズレるため完璧な垂線とはなりませんが、それでも十分に伝統文様を描くには十分な方眼を作成することができます。
正三角形を活用して斜方眼作成
正三角形も直線を一辺引けば、それを利用してコンパスで三辺が同じ長さになる交点を作って線で結べば簡単にできます。あとはこれを利用して延長線を引き、正三角形を増やしていけば斜方眼ができますが、これではあまりにマス目が大きくなるので、大きな正三角形を割ってマス目を細かくすれば、伝統文様を描くのに良いサイズにできます。
方眼も斜方眼もマス目の使い方次第で模様を大きくしたり小さくしたりすることができるので、アレンジを楽しむことができます。もちろんデジタルでも大小の調整はできるのですが、紙に描くというアナログのダイレクトな反応、そしてそれを切り絵にしてステンシル版画にするというデジタルにはない体験の多様さにこの取り組みの重要な側面があると考えています。
教科横断が目的ではなく自然と教科を横断する学習活動に
この学習活動は、わざわざ教科横断目的で伝統文様を授業で扱うわけではなく、版画で日本の美をを再発見する大きなテーマの中で自然と伝統文様を作品の要素の一部として活用する場合があるというわけで、結果的に数学的リテラシーが必要になるというものです。なので唐草文様を活用したいという生徒であれば、垂線や正三角形をかく方法を知らなかったとしても文様は描けますし、数学の知識を活用しなかったからといって評価に影響するようなものでもありません。生徒一人ひとりが自らの表現したいことを形にする上で、様々な知識や技術を臨機応変に活用することが大切であり、その際に結果として教科横断的な視点が自由自在な表現力につながり、学習経験が最大化されるような授業をデザインすることが教師には求められていると思います。
数学とデザインが関連するポイントは非常に多くあるため、美術でデザインの学習をする際には数学に関連することへの気づきを促す仕掛けをすることが大切であると思いますし、修辞法(レトリック)や和歌のような心の琴線に触れる造形要素の組み合わせと抽象化といった国語の学習に関連するような事柄にも触れられる仕掛けもあって良いと思います。
その他にも色使いやモチーフの文化的な文脈、道具を扱う際の体の使い方や道具の手入れ、全てに美術以外の教科に関連する要素が美術の学習活動の中には詰まっているため、教科横断的な学習をさせるチャンスはいくらでも転がっています。
その一方で、他教科との関連性に注目させなくても作品自体はできますし、美的判断能力がこれまでの経験の中で自然と培われている生徒であれば立派な見応えのある作品はできます。ただ、生徒が学習してきたことや美術以外の科目で得意なものがあって優れた知識や技術を持っている場合には、その潜在能力を使うきっかけとして教科を横断することの可能性を示すことが大切だと思います。そういう可能性へのアンテナを高くしておくためにも、教師が普段から教科横断的な学びを「主体的」に行う習慣(勉強や研究は趣味の一つだと思います)を持つことが教師の資質として欠かせないと私は思いますし、自分自身生涯学ぶことを楽しみ続けたいと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました。今回も前回に続いて教科横断的な美術の学習について、しかも連続で数学との関連を取り上げてお話しさせていただきました。私自身、実は数学はとても好きな教科で塾講師の時にはメインの英語と国語以外にも高校数学を担当したり、講師時代には中学校で数学を臨時免許で担当したこともあり、割と普段から数学的に考えるのが好きというのもありますが、今回紹介したような方眼と伝統文様に関する数学的リテラシーは非常に易しい知識の応用ですし、少し数学的な視点を生かすだけで物事がスムーズに運ぶことはたくさんあると思います。ほんの少しで良いので様々な教科で学習したことを目の前の取り組むことに対して活用すれば、そこから発見が生まれ、興味深い現象と出会える可能性もあるのではないかと思います。そういう視点を大切にしながら、今後も教育活動に従事していきたいと思います。
また今後も教科横断的な美術の学習についてはちょくちょく取り上げていこうと思いますので、興味があれば読んでいただけると嬉しいです。
それではまた!
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