教材のテーマを抽象化して多様な制作を可能にする

 今回は私の美術の教材観について考えをまとめてみました。現行の学習指導要領が施行される数年前から指導要領を読み込む中で、主体的で対話的な深い学びや個別最適化、課題解決型の学習(PBL)ができる教材や学習環境について研究と実践を重ねてきました。
 美術教員として正規採用される以前から主体的な学習や、個別最適化への視点は大事にしてきましたが、作品の完成度を追求する中で、多様性のある制作と主体性を伸ばして広く深く学ぶ機会を少々犠牲にしてしまっていたと反省しています。
 そんな下積み時代を経て、この5年ぐらいは、さらに多様で取り組み甲斐のある学習を追求するために、現行の学習指導要領、そして今後の学びの在り方を考えてきました。そのような中で、教材観に大きな変化が生まれ、最近は少しずつ手応えを掴むことができるようになってきました。その大きな鍵となるのが「仕掛けとしての教科書利用」「教材テーマの抽象化」です。今回はこの二つの内容から私の教材観について説明をしていきます。



教科書活用のマインドセットとは

 美術教師の中の会話でよく挙がるのが、美術の教科書の使いにくさです。なぜ使いにくいかと言うと、美術の授業の多くは制作時間であり、教科書を見ても違う教材の作品が多く、制作手順や方法、付随する知識内容が不十分であるため参考資料として使えないと考えている教師が多いためです。せいぜい技法のページとテスト用に知識問題として色の知識に関する資料をぐらいしか使わず、制作の説明はプリントで済ませ、教科書はほとんど見ることなく3年間。そんなケースも少なくないと思います。実際に、私が美術の教科書をよく使い、ページのほとんどを3年間で活用するという話をすると大変驚かれます。
 美術以外の教科は知識を獲得するために教科書が使いやすくデザインされていますが、美術の教科書はそもそもテストのための知識獲得を目指したものではなく、見ることを通して美意識を刺激するための「仕掛け」としての役割があると考えています。教科書会社の方ともお話をする機会がありますが、やはりそういうことを狙いにしているようで、知識や技術は資料集にまとめて、教科書は指導要領に則した指導がされるよう、学びのガイドライン的な役割としてデザインしているとのことです。
 教科書を使わなくても授業はできますが、学習意欲に火をつけたり、絵画や立体など分野ごとの造形の面白さを手軽に知るにはとても良い資料になります。教科書は見開きのページを丸ごと使って一枚の作品を掲載していたり、授業を鑑賞から表現に流していきやすいように構成が工夫されていて、情報量で優れている資料集とはかなり異なる存在と言えます。美術の教科書は1分程度見開きのページを見るだけでも内容が掴めて、しかも魅力を味わえるという点も他教科のものにはない特徴だと思います。
 そんな美術の教科書を活用せずに制作や鑑賞を行うのは勿体無いことでしょう。しかし、制作のハウツーとしての使いにくさ、そして知識を刷り込むには情報量が少ないゆえに、教科書の使用が敬遠されて、むしろ資料集がメインで使われるという状況も生まれているのではないかと考えます。これに関しては教科書の使い方のマインドセットを変えることが大切です。そもそも教科書は多様な表現方法で制作ができることを前提にした内容にしていますし、テスト問題を作成しやすくするために覚えるべき重要語句を文章に入れているわけではありません。生徒の主体的に学習できるように「仕掛け」がされているわけで、教師が生徒の主体性に火をつけるというマインドセットで教科書を利用することができれば、学習を強力に促進するアイテムとして力を発揮すると感じています。

そもそも教科書は抽象的なテーマを設定している

 美術の教科書の内容を見ていくと、表現と鑑賞のどちらのものも見出しが基本的に抽象的なものになっていて、読み手に課題意識をさせる「問い」のような役割になっています。例えば日本文教出版の美術2上には「季節を楽しむ心」という日本の美意識に関することをテーマにした内容があり、和菓子、扇子、皿、棗(蒔絵)が掲載されています。この資料だけでは一体何を作れば良いのか具体的には分からないとなるかもしれませんが、日本の美意識をとらえた季節を楽しむ心が生かされた作品を制作すると考えれば、作品も多様で良いわけです。「さあ皆さん何がつくりたいですか?どうぞご自由に!」と全てを委ねてしまうと困る生徒が出てしまうので、ある程度の枠を教材で設定しておき、その上で自由に制作に取り組ませても良いと思います。
 ちなみに私はこの日本の美意識のページは版画の授業の中で見る機会を設けています。版画に関するページは教科書の他のページにあるので、当然それにも触れていますが、この季節を楽しむ心についてのページも日本の美意識を知ることができます。ここには形と色、構成、素材など、参考にできる要素がたくさんあるため、版画表現を発展させるきっかけにもなります。そんな仕掛けをたった1分程度でもできるのが美術の教科書の魅力です。
 「版画という手段、技術を活用して様々な日本の美を表現する」という教材設定ができれば、当然生まれる作品も多様になります。版画用紙や画用紙を数枚用意して一番気に入った作品を提出する作品の評価方法ではなく、版画の学習全体でどのように学び、何ができたのかを丸ごと評価することがこのような教材の場合は求められます。振り返りやレポート、ルーブリックを活用して指導と評価を一体化させればそれほど難しいことではありません。




 教科書が抽象的なテーマを設定しているゆえに、表現が縛られずに柔軟に様々な表現に生かすことができます。なので、後は指導する側が多様な制作を生徒に許容できるかどうかの問題になります。教科書に載っている美術作品を見た生徒が「こんな作品を制作したいです!」と意気込んでいるところに、教師が「それはこの授業では制作しません」と言って扉を閉じてしまうような指導は望ましいことではありません。私の場合は、教科書を見て何がしたいか自分で考えさせる機会を設け、基本的な制作はできるように材料は一律で用意した上で(本当は個別に材料を購入させたいですが、それは学校の会計の状況から不可能)、必要があれば自分で材料を用意させるというスタンスを取るようにしています。
 教科書は絵画・デザイン・立体・工芸それぞれの分野にカテゴライズされてデザインされているので、教材に関連するページをたくさん紹介し、制作に対する課題意識をさせるようにしています。教師からの説明・紹介の時間はなるべく短時間で済ませ、後は生徒が自分で判断して教科書を利用(美術資料も同様)させています。

教材名とテーマを抽象化して多様な制作

 教科書のテーマが抽象的で多様な表現を誘うものであるなら、教材の設定も同様に抽象度を上げても良いと考え、この数年間で昔から取り組んできた教材をモデルチェンジしてきました。昔の教材名と現在の教材名を比べると、制作するものの抽象度が上がっていることを感じてもらえると思います。

教材名の例(左は以前、右は現在)
「バターナイフを作ろう!」→「暮らしで生きる木の工芸 クラフトデザイナー体験」
「ステンシル版画で年賀状」→「ステンシル版画で日本の美」
「人工物と自然物の平面構成」「レタリングについて」→「Life with DESIGN  グラフィックデザイナー体験」
「リサイクルペン立て」→「粘土で立体アート 〜気分がUPする造形美〜」



 購入する材料は基本的に変わっておらず、木材(ペーパーナイフ用木材)、画用紙、ケント紙は以前も現在も同じものを使っています。粘土は以前は紙粘土でしたが、現在は樹脂粘土を用意していますが、これは造形性の幅を持たせるために変更しただけです。
 以前は何を作るかは具体的に設定しており、タイトルを見ただけで完成するものがある程度予想できるものがほとんどでした。なので、その作品の完成度を高めやすいように資料や指導を充実させていました。教師としてやることはとてもシンプルでした。
 しかし、これでは個々に制作したいものがあっても実現することができませんし、教科書もあまり役立てられません。このような教材は多くの可能性を犠牲にしており、十分な経験ができるものではないと思います。なので、自分がやりたいものに夢中になれる教材を設定する必要があると考えるようになりました。それができれば、手が動き、思考が働いて結果的に豊かに学べますし、教科書の充実した情報も良い参考資料になると考え、教材テーマを再考し、生徒がワクワクするような教材名を考えるようになりました。
 教材名が抽象的なものになると、生徒は作りたいものを自由に考えやすくなります。教材名だけではイメージができないという場合は、教科書の関連ページや教材の資料を見てどんなものが制作したいかを考えれば大抵は見つかります。
 教材という大枠は存在しつつも、自分が作りたいと思えるものに取り組める。生徒の主体性を考えると、そういう教材が望ましいと思います。様々な作品が生まれることで、授業時間が丸ごと鑑賞の授業になりますし、鑑賞で得た刺激がそのまま制作に生かされます。そういう状況はペーパーナイフや年賀状など、単一の課題設定でも生まれますが、「個別最適化」を考えると、多様な制作ができる教材設定が大切です。そういう意味で、教科書ベースで抽象的な教材テーマを考えるのは有効な手段であると思います。

 最後まで読んで下さってありがとうございました。今回は教材のテーマを抽象化することによって多様な制作を可能にする視点について考えをまとめてみました。読んでいただいた人にとって何か参考になることがあれば嬉しいです。
 最終的に出来上がってくる作品が多種多様でも、学習過程の中では共通の課題に取り組むこともあります。特に導入から基礎の段階では最低限身につけてほしい知識や技術もありますし、学習指導要領的にも全てを生徒に委ねるわけにはいきません。
 しかし、主体的に学習に取り組む力について考えると、基礎を押さえたのであれば、後は可能な限り生徒に委ねることが大切だと思います。多様な制作を可能にすることが目的ではなく、それを通して一人ひとりの主体性が発揮されて表現する喜びや、生活で美的判断能力を生かすマインドセットを培えるようにするところに学習の目的があると考えています。そんな学習環境を可能にする上で、生徒が授業でどのような活動をするのか教師がイメージを膨らませたり、取り組みやすい環境を整備したり、状況に応じて調整したりと、かなり柔軟な対応も必要だと思います。なので、これからもそういった面での研究と実践を継続的に行っていきたいと思います。
 それではまた!

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