アート&デザイン研究を年間予定の中核に

 新年度が始まって、いよいよ授業も始まりました。今年もより良い美術の学習ができるよう、継続して改善を行なっていきたいと思います。

 今年度、私が担当するのは3年生と1年生で、3年生は学年担当ということもあり、1年生の頃から3年連続で授業を担当することになります。3年間の成長をイメージして年間計画を作成しているので、継続して学年を担当できるというのは生徒の成長をじっくり見ることができてありがたいですし、自分自身の指導改善のサイクルを回しやすいのもメリットであると思います。

 今回の内容では、3年生の年間計画について今年私が取り組みたいと考えていることを紹介します。3年生は義務教育最後の美術の学習の機会であり、高校に進学すると、芸術科目として選択しない人も多くいるので(私も高校時代は書道を選択し、美術の授業は大学4回生になるまでありませんでした)、少しでも多くの生徒に美術の価値について知ってもらえるようにしたいと考え、年間計画を考えました。

 講師時代から数えると今年で通算10回目の3年生の美術を担当することになります。これまでは絵画、立体、工芸の3つをそれぞれ10時間程度で取り組む課題を設定していましたが、今年度はこの年間計画の流れを大きく変更してみました。これには私がかねてよりやってみたいと考えてきた内容を計画に入れたことが背景にあります。非常に実験的な取り組みになりますが、生徒の主体性を重んじた教育として大切な視点を入れています。


自分にとって本当にやりたいことを見つける年間計画

 今年度の3年生の年間計画の中核に添えたもの、それが「アート&デザイン研究」です。この教材では、生徒は絵画・デザイン・立体・クラフトなど取り組みたいことを自由に設定して取り組むことができるようにしています。ただ、自由に制作するのが狙いというわけではなく、この学習を通してアートやデザインの意義について深く知り、創造力の可能性や自分の外への影響力についてメタ認知できるようにすることを狙いとしています。私の美術の学習では普段から振り返りが一体化したレポート作成を行っているので、この教材は大学でやるような卒業制作と論文のような形となります。



 教材といえば、教師が生徒に対して課題を設定するのが一般的ですが、この教材は生徒に何をしたいか問いを立てることをメインにして、生徒が課題を自ら設定して取り組むPBL(課題解決型学習)となっています。これまでにもPBL型の学習は実践してきましたが、絵画・デザイン・立体・クラフトといった決まった内容の中で取り組む教材が普通でしたが、制作活動を通して創造力の可能性や自分自身の外への影響力について考察することが狙いとなっているので、表現方法はあくまで学習の手段となります。当然作品の形は多様化しますし、作品として形の残るものとはならない可能性もあります。そのような多様な学習を評価する上で、指導と評価の一体化の視点は大切にしたいですし、そのためにもレポートや普段からの振り返りから学習状況を見取ることに努めたいと思います。

 自分がやりたいことは何か、そして自分にできることは何か、このようなことについて当事者意識をもって取り組むことで、アートやデザインの本質について自分なりの考えをもつことができるようになることを、この教材には期待しています。


研究を可能にするための下準備 〜自分を解放する経験〜

 自由に研究に取り組む前に、動機付けとなる教材を最初に取り入れることにしました。それが「自分を丸ごと生かしたアート」という教材です。内容としてはこれまでにも取り組んできたシュルレアリスムや抽象表現主義を参考にした内面世界を反映させる絵画や粘土の造形になりますが、以前は長い時間をかけて制作していたものを、研究に繋がるウォーミングアップとしての教材にマイナーチェンジしました。



 シュルレアリスムが目指した理性や道徳の制御から心を解放して潜在的な創造力を発揮したり、抽象表現主義のような人間の本性や心を色や形に純粋に反映させたりするような表現は、「自分」という存在がそのまま芸術の対象になり得るということを認識させてくれます。この前提に立って造形活動に取り組むことができるようになれば、アートにしろ、デザインにしろ、自分を生かした表現から何かしらの価値を自分や他者にもたらし、影響を与えることができるという自己有能感と自己肯定感を支えにすることができます。何かを作ることが苦手という意識は存在するとしても、自分自身を生かして作ったものには必ず何かしらの自他へのポジティブな影響を及ぼすと考えることができるようになれば、アート&デザインの研究に対する動機付けになるのではないかと思います。

 以上のことから、研究に入る下準備として自分を解放して造形する時間を設け、そこから自分の表現力に対する何かしらのポジティブなメタ認知ができるようにする教材に最初に取り組むことにしました。


授業外を繋げる

 アートとデザインの存在意義について考えを深める上で大切にしたいのが、授業時間の中だけで学びを閉じずに、美術の時間に取り組んでいることを積極的に授業時間外の生活や社会と繋げることです。ただ、造形すること自体の楽しさやつくる喜びは大前提にしたいところです。造形を通して得られる快楽や創造性溢れる表現は、「つくりたいからつくる」という自己目的的な構造にこそあると私は考えています。

 これは「遊び」も同様で、遊びを現象学の視点から捉えた西村清和は遊びが遊びたり得るのは「遊びたいから遊ぶ」という自己目的的な状況ゆえにあると言うことを『遊びの現象学』の中で述べています。これは、遊びが何かの手段に利用されるようなことがあると、遊びは途端に遊びではなくなってしまい、遊びがもつ創造的で快楽に溢れた様態は見られなくなってしまうことを意味しています。なので、創造的で快楽のある「遊び」として造形行為を捉える場合、この自己目的的な性質をまずは念頭に置いて指導の在り方について考える必要があります。

 この前提を大切にしつつ、さらに遊びの枠を広げるのが普段の生活や社会との文脈で造形を生かすことにあると思います。例えば、絵画作品を制作したとして、それを自分の家で飾る際に、どこに飾るのがよいか考えること自体が「配置ゲーム」となり得ますし、地域のボランティアなどで看板を制作したり、ポスターを制作したりするのは自由なデザインができるわけではなくても、与えられた状況でいかに最適解を導き出すか、その試行錯誤自体が遊びになり得ます。これが実際にビジネスとしてやる場合は信用と責任がつきまとうため、完全に遊びになることは難しいですが、あくまで学校教育における学習の一貫としてやるのであれば、基本的に失敗が許される「遊び」となり得ます。(遊びと言えども、失敗を目的としているわけではなく成功を目指せるからこそ成り立つことが前提)

 このような授業時間外で美術の学習を生かすことができれば、アートやデザインの存在意義について、より解像度を高めて考えることができるようになると期待しています。


 最後まで読んでくださってありがとうございました。今回の内容が読まれた方にとって何か参考になるものとなれば嬉しいです。

 義務教育の最後の年にアート&デザインについて研究し、美術の意義について広く深く考えを持てるようにすることは美術教育の大切なミッションです。美術の取り組みに対する生徒の当事者意識を最大化するために、学習のテーマは提示しつつも、取り組む内容は生徒に委ねるという視点はこれまでにも大切にしてきたつもりですが、絵画や立体の表現方法の枠を予め設定する「守り」の姿勢で、自分自身を安心させていたのも事実です。今年は「攻め」の姿勢で生徒の可能性を信じて、ファシリテーションに尽力していきたいと思います。

 今回の教材実践のレポートはまた半年後ぐらいにできると思いますので、その際にポジティブな報告ができるよう頑張りたいと思います。

 それではまた!


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