造形表現・図画工作・美術教育研究全国大会 大阪大会に参加して
今回は先日11月13日〜14日に大阪の保幼少中学校と美術館で開催された公開授業とドーンセンターで開催された全体会のレポートをまとめました。公開授業は日本橋小中一貫校中学2年生のデザインの授業を拝見し、全体会では保育園、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校の代表者による基調提案と教科調査官による講評、絵本作家の長谷川義史氏による記念講演が行われました。
2日間の参加で改めて造形教育の存在意義について考えを深めることができたので、内容をブログにまとめ、さらに考察を深めたいと思います。また、今回は大会前日の11月12日に日本教育美術連盟全国理事会にも(なぜか代役で)参加し、2泊3日の長期出張となったので、大阪の街を少し楽しむ時間があったので、そちらについても少しお話ししたいと思います。
日本橋小中一貫校での公開授業と実践発表
本当なら写真も入れて詳しくお見せしたいのですが、撮影禁止だったので文章だけでまとめました。職場体験学習と美術の学習を連携させたステッカーのデザインに関する授業でした。また、公開授業の後には大阪の研究組織についての実践発表もありました。
公開授業
1. 職場体験と美術連携の可能性:学習を「自分ごと」にする仕掛け
総合的な学習の時間(キャリア学習の側面)と美術の「想いやイメージを形にする力」が見事に融合した教材でした。生徒が「自分ごと」として学習に取り組む姿が印象的でした。
◯「社会とのつながり」が責任感を育む
生徒が学習を「自分ごと」として捉えやすくなっていた最大の要因は、美術で制作したステッカーを、お世話になった職場へ実際に届けるという出口が設定されていた点です。
学習動機: 職場への感謝やイメージをデザインに反映させようとする強い動機付けになります。
責任感の育成: 他者に届けるという行為は、生徒に「他者に対する責任感」を持たせ、デザインの完成度を高めようとする意欲を促します。
生徒さんたちが一生懸命に取り組んでいる姿は、まさにこの連携が生み出した教育効果の表れであり、大変感銘を受けました。
2. 「ゆっくり、じっくり」取り組む時間の価値
デザイン学習を短時間で「成果」として出す場合、ICT端末(GoogleスライドやCanvaなど)を用いたグラフィックデザインは効率的です。実際に私はグラフィックデザインの学習でICT端末を大いに活用して限られた時間でたくさんの作品ができるように取り組んでいます。しかし、今回の授業実践は、効率では表せない「学び」そのものの価値を再認識させてくれました。
◯協働的な学びが非認知能力を育てる
授業をされている先生(若い男性の先生でした)の温かさと安心感のある授業は、あえて「ゆっくり、じっくり」と、生徒同士が協働的な関係を作りながらデザインに取り組む時間設定の大切さを教えてくれました。
デザインのプロセスを深く考え、仲間と意見交換をする時間は、非認知能力(忍耐力、協調性、創造性など)を育む上で非常に重要です。効率一辺倒ではなく、質の高い学びの時間を確保する授業デザインに、改めて感銘を受けました。
3. 1時間に凝縮された「学びの濃度」と授業デザインの完成度
拝見した公開授業は、1時間の流れが緻密に練り上げられており、その濃密な内容が印象的でした。わずか1時間の中に、以下の要素が効果的に詰め込まれていました。
アイディアスケッチの再考
グループ学習(協働)
発表と意見交換
デザインの練り上げ
これらが有機的に繋がり、非常に完成度の高い授業デザインとして成立していました。
4. 「伝える」視点のフォローとネガティブケイパビリティの活用
事後の講評では前教科調査官の東良先生から「生徒が夢中で取り組む中で、学習の狙いであったはずのデザインの「伝える」部分への意識が弱くなってしまっていたのではないか」というご指摘がありました。これは私にも言えることですが、生徒が夢中になって取り組めているのは良いことである一方で、学習の狙いから遠ざかってしまい、教材の学びの可能性を生かしきれないというケースはよくあることだと思いました。今回の「伝える」視点については、学習目標を常に確認する丁寧な指導が大切であることを改めて認識しました。学習目標を生徒と教師が共有する工夫と手立てを考えておく必要があります。
しかし、もし途中で「伝える」という要素から脱線してしまった生徒がいたとしても、それはネガティブケイパビリティ(答えの出ない状況に耐える力)としての経験として、さらに深い学びへと繋げられる可能性もあります。「デザインとは何か」これについて明確な学びができていなかったとしても、ここで得たデザインに対するアンテナが長期的視点で育つというのであれば決して悪いことではないと思います。
◯「失敗」を思考力に変える指導の例
最終授業(作品鑑賞会など)で、生徒に次のような振り返りを促すことで、思考をさらに深めることができると私は考えています。
「伝える工夫はどれだけできたかな? もし伝える視点が弱くなってしまったと感じるのであれば、それはデザインとして大切な視点。今後さらに考えてほしいポイントです。」
「改めて世の中のデザインがどのようなものになっているか、別の視点から見てみましょう。」
たとえ目標への意識が弱くなっても、生徒が夢中で造形感覚を働かせて制作に取り組めること自体が非常に尊いことなので、生徒のエージェンシー(主体性)に火をつけられるよう、教師が熱のある授業を行うことが大切だと思います。
公開授業は全体の指導計画で言うと最後前の授業で、生徒はデザインを練り上げ、作品の紹介も立派にできる状態でした。この後にステッカーとして完成させて、職場に届けるまでが学習パッケージになっています。その後どういう終わり方をしたのかが非常に気になる内容でもありました。
実践発表
実践発表では大阪の研究組織についての発表がありました。研究組織を細分化し、役割分担することで、協力して研究を進めることができ、シナジー効果も生まれやすくなると感じました。
当然のことではありますが、研究組織の細分化、明確化は組織の運営上重要なことです。基本的なことではありますが、これがしっかりと決められていないと、組織として機能せず、負担が一部に集中し、結果として研究も不十分なものになってしまいます。私自身、美術部会倉敷支部の事務局を今年からしており、研究組織を強力に機能させる上での重要なヒントが得られたと感じています。
美術教育の未来を探る:
幼児の「遊び」からAI活用、そして鑑賞へ
基調提案および各校種の実践報告は、美術教育が持つ多層的な可能性と、時代を超えて大切にすべき「学びの原点」を再認識させてくれました。
特に、保育園・幼稚園での造形経験から、中学校でのAI活用、高校での挑戦的な鑑賞指導に至るまで、その広がりと深さに感銘を受けました。
1. 創造力の原点:多様な「遊び」が人生を豊かにする
基調提案で示された、保育園・幼稚園での多様で試行錯誤に溢れる造形経験の重要性は、改めて深く考えさせられるものでした。
◯「消費者」から「創造的な生産者」へ
幼児たちが「ごっこ遊び」を通して「作り手」の視点で物事に取り組む姿勢は、学びを充実させる鍵です。
自分ごと化: 「消費者」ではなく「創造的な生産者」の立場になると、「どう作るか」を深く考え、自分ごととして学習に取り組むようになります。
大人にも必要な視点: この「ごっこ遊び」の姿勢は、大人にとっても重要です。劇やプレゼンテーションなど、創造的な活動の過程で多くの気づきを得て、認識を深めることができます。
◯ロジェ・カイヨワの遊びの4要素が詰まった造形体験
幼児教育における造形体験には、フランスの哲学者ロジェ・カイヨワが提唱した遊びの4つの柱が見事に詰まっていると感じました。
| 遊びの柱 | 要素 | 造形体験での例 |
| アゴン (Agon) | 競争 | 仲間と比べてみる、より良いものを作ろうとする意識 |
| アレア (Alea) | 偶然性 | 素材が予期せぬ形になる、絵具の混ざり方を楽しむ |
| ミミクリ (Mimicry) | 真似・模倣 | 見たものを再現する、役になりきって造形する |
| イリンクス (Ilinx) | 目眩・スリル | 新しい感覚や表現に挑戦する、ダイナミックな動きを楽しむ |
この多様な体験ができる環境と仕掛けこそが、その後の学校教育すべてにおいて大切にされるべき基盤です。五感を使った経験は、中学校の生徒に対しても「無限の楽しさを創造する『ええ感じ』」を体験させる上で、決して忘れてはいけない視点だと再認識しました。
2. 小学校から中学校への「造形のコンピテンシー」の繋がり
小学校でも造形遊びを大切にされ、特に触覚を重視されている点は印象的でした。
小学生は知識も豊富になる時期であり、多様な素材と「仲良くなる」という視点は、そのまま中学校での美術教育における造形のコンピテンシーへと活かされるはずです。この豊かな流れを中学校で途切れさせないよう、改めて責任感を強く意識させられました。
3. 中学校における生成AIの現実的かつ未来志向の活用
中学校での生成AIの利用実践は、非常に現実的かつ有効な利用方法だと感じました。
◯AIを「対話する専門家」として活用する
無理にAIを使う必要はありませんが、生成AIを専門家のような視点でアドバイスをくれる相手として活用することは、学習を劇的に進化させます。
知識の深化: AIは共通事項に関する質の高いアウトプットを提供し、生徒はAIとの対話を通して知識を深めることができます。
思考のファシリテート: 最近のAIは思考をファシリテートする能力も進化しており、生徒がAIリテラシーを高めることができれば、これまでとは全く違ったレベルの学習が可能になります。
美術教育におけるAI活用はまだ多くの実践研究が求められる分野です。今回の先駆的な取り組みが波及し、充実した美術教育、そしてSTEAM教育が多くの学校で展開されることを期待しています。私自身も普段から生成AIを研究パートナーのような存在といて活用していますし、Googleのnano bananaで画像を生成することを通して表現について学べることもあると考えて実験的に利用しています。
今回の内容からは余談になりますが、画像生成して改めて感じたことは、画像ができたときに「凄い!」という感動はありますが、当然のことながら描くプロセスの中での感性が刺激され得られるフロー体験、ゾーンといったマインドフルな時間は得られないということです。このような面で、五感を使って表現することの意義は人類にとって不滅であると私は考えています。
4. 挑戦的な高等学校の実践:結果よりもプロセスを重視
高等学校の鑑賞の実践、特に「高校生が小学生に教える」という内容は、ファシリテートの難しさが伴う、非常に挑戦的な試みだったと思います。
それでも、小学生が造形に興味を持ち、リトグラフやミュシャの奥深い表現について考えるきっかけを持てたことは、大きな意義がありました。
教育的価値: 結果よりも、高校生が他者に伝えるために学びを深めるプロセスを重視された高校の先生方の挑戦に、心から感銘を受けました。
5. 特別支援教育の実践:表現の意図を引き出す丁寧なプロセス
特別支援の取り組みでは、美術の歴史を楽しみながら触れ、それをアクションペインティングに繋げていくプロセスがとても素晴らしいと思いました。
短絡的に「なんでもあり」の自由な表現から入るのではなく、
歴史を知る(なぜこの表現が生まれたか)
学びのプロセスを踏む
アクションペインティングへ
という流れを踏むことで、生徒の表現には単なる勢いだけでなく、その根拠となる意図が含まれるようになります。生徒の創造力を引き出すための仕掛けを丁寧に考えて取り組まれている姿勢が、非常に印象的でした。
今回の基調提案と実践報告は、美術教育が幼児から高校生、そして特別支援教育まで、いかに深く、そして広く創造的な資質を育む力を持っているかを再確認させてくれました。
教科調査官の講評から考えたこと
2人の教科調査官(小林恭代先生と平田朝一先生)による講評から、改めて感性を育む造形教育の役割について考えを深めることができました。
1.子どもも先生も感性を働かせる
小林先生は、保育園の先生が子どものやろうとしていることをよく見守っていて、子どもが嬉しそうに寄ってきた時に、「〇〇さん〜作ってたんだよね」と言って子どもの心に寄り添う指導をされているところをピックアップされていました。子どもたちが先生から関心を持たれているということを自覚できることで、子どもたちは造形に対してモチベーションを高めて取り組み、達成したことを嬉しそうに報告してくれます。保育園の先生もそういう姿を見ていると、さらに子どもを応援したくなりますし、子どもの考えることから驚きと感動をもらう機会にも繋がります。
このような子どもと先生の相乗効果によって、感性が大いに刺激される造形体験となり、感動にあふれた時間を送ることにつながると感じました。この保育園での経験がベースとなって小学校の図画工作、中学校以降の美術へ発展していくことを考えると、幼い時に感性を働かせて楽しむ造形体験を充実させることが重要です。
2.造形教育で育む資質・能力
平田先生は造形教育を通して身につける資質・能力についてお話されていました。同じものを見ていても、資質が備わっている人とそうでない人では感じ方や考え方も違ってきます。感性を働かせるための資質を身につけるために、多様な出会いが大事であり、造形教育の場ではその出会いが日頃から充実したものになるよう、教師が学習環境を整え、教材を工夫し、手立てを考えることが重要なミッションであることを改めて考えさせられました。
記念講演
絵本作家である長谷川義史氏による記念講演では、長谷川氏が自身の絵本を読んだり、絵を描きながら自己紹介したり、歌を弾き語りしたりと、大変バラエティに富んだ1時間半でした。
絵本の良さについてはそれなりに認識しているつもりでしたが、長谷川氏の感性に訴えかける朗読と、パフォーマンス、そして絵本の世界に込めた想いに触れて、改めて芸術の魅力について考える機会となりました。
絵本と臨場感のある朗読だけでも十分に良い時間は過ごせますが、そこに描くパフォーマンスであったり、弾き語りであったり、話の中に挟むユーモアであったり、そして絵本作成のエピソードであったり、こういった一つ一つの要素がかけ合わさって唯一無二の長谷川氏による芸術が創造されていました。造形教育の枠に収まらない、教育全体の視点からも非常に深い学びを得られた記念講演でした。
彼が絵本作家になれたのは、小学校の頃の先生が長谷川氏の絵を大いに褒めてくれたからであり、教師という存在が児童・生徒に与える影響の大きさについて考えさせられました。大いに刺激と勇気をもらうことができました。
おまけ 大阪の街を足で味わう
今回、梅田駅までは新幹線と地下鉄で移動しましたが、それ以外はほとんど徒歩移動しました。移動時間だけで考えると、地下鉄を利用した方が何十分も早く行ける場所でも徒歩で移動しました。その甲斐あって、大阪の景色を堪能することができましたし、歩くことを通して街の姿を感性を働かせて掴むことができたと感じています。
朝はランニングをして大阪城公園を走ったり、真田丸の跡地となっているお寺まで走ったりと、普段とは違う場所でランニングをして見所へ出かけることもできました。今回ランニングシューズは持参せず、ちょっとフォーマルな感じのあるカジュアルシューズを履いて行きました。これで普通にランニングできるか少々不安もありましたが、4キロ程度のランニングであれば特に問題なくこなすことができました。
朝から観光を兼ねてランニングをすると観光客(特に外国人の多さは大阪でも凄かったです)がほとんどおらず、大変快適です。1日目の夜は遅くまで岡山の美術の先生と飲んでいたので2日目は少々二日酔い気味でしたが、真田丸へのランを行って気持ちを引き締め、汗を流せば気分はスッキリ治りました。
私自身、これまでにも旅行した先の街では足を駆使して見所を堪能してきましたが、これから出張でホテルを使う場合には、またランニングして街を味わいたいと思います。
日本橋小中一貫校に徒歩で向かう道中、あべのハルカスを発見。今更ながら初めて見ました。こんな思わぬ発見があるのも徒歩移動の魅力。
かなりの容量になってしまい、読みにくい部分もあったと思いますが最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は造形表現・図画工作・美術教育研究全国大会大阪大会のレポートをまとめました。
学んだことをそのままにして、自分自身の実践や研究に生かせないようでは残念なので、これから少しでも多くの変化に繋げていけるように励んでいきたいと思います。
今年もあと1ヶ月少々となりましたね。総社・吉備路マラソンも迫ってきましたのでトレーニングも兼ねて最後まで全力で走り抜けようと思います!
それではまた!

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