美術嫌いを克服する教材 〜粘土で不思議な形〜
今回は美術嫌いを克服するための教材ということで、粘土を用いた教材について紹介します。
残念な事実ではありますが、美術が嫌いであったり苦手であったりする中学生は少なくありません。そんな生徒であっても、教師が根気強く関わっていけば3年間で美術のことを好きになってくれる可能性はかなり高いです。私自身、評定を付けるという現状のシステムには反対の立場ですが、基本的に子どもたちの評定は学年を追うごとに上がっていきますし、3年生では評定平均が4ぐらいか、それ以上になっても良いと考えています。全員が評定5を取れるように美術の学習を実現していくこと、それを目指して日々自分自身の教育を改善していくことが教師のミッションだと考えています。
そして、全員が4や5になっていくからこそ評定というもので数値的に優劣をつけることが意義として重要ではないということや、評定のために学習をアンダーマイニングしてしまうことに問題を感じています。成績のために学習するのではなく、そもそもはより良く生きる力にするために私たちは学習することを期待されているはずです。別に成績を意識しなくとも、夢中になって楽しんで取り組んでいるうちに自ずと学習の成果は出るものだと思います。
なので、まずは学習の楽しさを感じられるようにする機会が大切であり、その楽しさに価値を見出すことができるように、授業などで子どもたちに充実した体験を提供し、美術嫌いを克服するだけでなく、美術が好きな生徒もより美術について深く学ぼうとする態度を育てることが大切になると考えています。
そのような状態を目指すために、子どもたちが夢中になって取り組み、しっかり学べる教材をこれまでたくさん考えてきましたが、上手くいくものもあれば、期待したほどではなかったものもたくさんありました。その中で見えてきたことが、シンプルな教材ほど手応えが良かったということです。誰でも手軽に取り組めるタイプのものは、美術が苦手な生徒にとって取り組みやすいというのは想像がつくことですが、美術が得意な生徒にとっても自由に工夫を加え創造性あふれる作品をつくることができるというのをこれまでたくさん目にしてきました。
そして、今回紹介する粘土を用いた教材は私の中で非常に手応えを感じてきたものです。教材名は「粘土で不思議な形をつくってみよう」で、粘土で遊びながら形を試行錯誤し、不思議な形にしていくというものです。「不思議な形」というのがポイントで、見たこともないようなもの、既成概念に縛られた特定のモチーフとは関係のないものをつくります。
粘土には力に対して瞬時に反応し、形と構成を高速で変化させることが可能です。「制作者の意のままに」とまではいきませんが、一番身近な「手」という道具を使って瞬発力のある造形ができるのが粘土の魅力といって良いでしょう。そして、この点を生かした教材を設定することが美術嫌いを克服する上で大事なポイントになります。
美術嫌い、または苦手という人の多くは「上手につくることができない」「ユニークな発想が浮かばない」という意識をもっています。しかし、「上手につくる」というのは、特定の手本となるモチーフに縛られたものなので、そもそもこの考え方自体が不自由なものであり、表現力の幅を狭めてしまい、「ユニークな発想が浮かばない」ということにつながってしまう負の根源的なものになる恐れがあります。上手につくることが決して悪いわけではありませんが、上手につくることをスタートにしてしまうと、制作が非常に堅苦しい作業になってしまう可能性が高くなると思います。制作を進める中で、結果的に「上手」なものになるのは何の問題もありませんが、「上手」というのは美の1つの側面でしかないということも念頭に置いておかなければいけないでしょう。
粘土で「不思議な形をつくる」となれば、「上手」という基準がリセットされるため、上手につくることが苦手という意識のある生徒でも、特定のモチーフから解放されて自由に形を作ることができるようになります。そして、この教材の肝になる「遊び」によって自分の発想を形に変え、独自性のある作品になっていきます。
遊びの創造性:https://art-educator-tatsuwaki-serendipities.blogspot.com/2021/01/blog-post_31.html
遊んでこそ学べる:https://art-educator-tatsuwaki-serendipities.blogspot.com/2021/01/blog-post_29.html
ここからはこの教材の授業実践について紹介しながら、子どもたちが美術への苦手意識を克服するポイントについて説明していきます。授業の流れは以下のようになります。
1.不思議な形とはどんな形か問う
2.粘土でできる表現について考える
3.粘土で様々な表現を試して造形遊び
4.形を完成形にする
5.作品タイトルとアピールポイントを考える
6.鑑賞会
1.不思議な形とはどんな形か問う
普段は「不思議」という概念をあまり深く考えていませんが、この点が作品の独自性につながるため、最初に考えさせたいところです。身のまわりのものを見て不思議な形と感じるものはあまりありませんが、見たこともないものには不思議さを感じるものです。つまり、「見たこともないものをつくる時間」であることを意識させます。
2.粘土でできる表現について考えさせる
次に粘土でどのような表現ができるか考えさせます。これも普段考えたこともない生徒がほとんどなので、最初は「こねる」や「伸ばす」といった言葉しか出ませんが、次第に「曲げる」「巻く」「平らにする」「捻る」「穴をあける」「ちぎる」「つねる」「丸める」「潰す」「刻む」「くっつける」「折りたたむ」など、数多の表現方法が出てきます。これだけたくさんの表現ができるということと、どれも簡単にできることを子どもたちに認識させることが大切です。
3.粘土で様々な表現を試して造形遊び
粘土でできる表現であがったものを使って粘土で5分ほど遊びます。この段階では完成形にしていく必要はなく、純粋に遊ばせます。なるべくたくさんの表現を使ったり、事前にあがった表現方法以外のものも発見して欲しいことは伝えますが、基本的には自由に遊ばせます。
粘土は形を簡単にリセットできるため、ひらめきをすぐに形にし、試行錯誤をすることができます。また、様々な表現を組み合わせて、思い切った構成にすることも可能です。短い時間でたくさんのアレンジと工夫で形を変形させる経験、しかもそれらが全て失敗ではなく、手を加えた成果として実感できるのが粘土の魅力です。そうして、様々な要素が入っていく中で、ユニークで不思議な形に発展していきます。
4.形を完成形にする
遊びで培った経験を生かして不思議な形を完成形にしていきます。この時の注意点として、作品タイトルは完成してから、もしくは完成が迫ってきて着底点が見えた時になってから考えるように伝えます。そうすることで、遊びを継続しながら形を発展させていくことが可能になると考えています。もし形にしていく前にタイトルを決めてしまうと、作品が固定観念化し、多様な表現を生かしたり、遊びの良さを引き出しにくくなります。形にしていく中で、「これ面白いかも!」とひらいめいて、それを補強するようなタイトルを考えることで、形を発展させることに集中して取り組むことができますし、タイトルを付けてから、「このタイトルなら、もう少しこの部分に手を加えてみよう」と、最後の仕上げをすることにもつながります。
5.作品タイトルとアピールポイントを考える
出来上がった形からタイトルとアピールポイントを考えることで、作品の魅力を強化し、鑑賞をより充実したものにすることができます。タイトルは作品が完成したときに、その作品の魅力を抽出する形で考えることが大切だと私は考えています。最初からタイトルを考えることが悪いわけではありませんが、制作を通して、作者自身が新たな発見をし、それが作品に反映されていくというのであれば、タイトルは最後に考えて、作品に想いを注入したいところです。
6.鑑賞会
作品鑑賞会では、見たこともない不思議な形のオンパレードですが、作品タイトルとアピールポイントを見て「なるほど!」「なんじゃそりゃー(笑)」と、お互いの作品を賞賛し合うの時間となります。この教材では普段はそれほど周りから注目を集めるような作品をつくってこられなかった生徒でも、周りの人を驚かせる魅力的な作品をつくり、賞賛を集める光景をたくさん見てきました。それぞれの作品が魅力的で、形や構成の面白さ、素材を生かすことの大切さ、そして美術作品との出会いで生まれる価値観の変容と視野の拡大。こういったことが粘土でつくった「不思議な形」は体験させてくます。
授業の最後には振り返りの時間がありますが、そこには形を自由につくることの面白さや、遊ぶことの大切さ、多様な形と出会える素晴らしさについて書く生徒がこれまで多くいました。自分の表現力でも十分に魅力的なものを生み出すことができるということをメタ認知することができれば、美術への考え方も変わっていきます。こうして、「自分にもできる」という感覚を美術が嫌いで苦手だった生徒にももってもらえるようにすることが大切ですし、このような体験は美術が得意だった生徒にとっても、美術の奥深さを知ることができるため、重要なことだと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は「美術嫌いを克服する教材 〜粘土で不思議な形〜」について紹介させていただきました。粘土は力に対して瞬発力のある反応を示し、短い時間でも多様な造形を体験させてくれる優秀な材料です。美術が苦手で嫌いという子どもたちが、自分の表現力も捨てたものではないなと実感できる要素をどの教材にも設定することが大切ですが、シンプルに粘土で遊びながら見たことのない形をつくっていくだけでも、十分に粘土の魅力を発揮することができます。今回の教材の紹介が美術に関わる人たちにとって少しでも参考になるものになれば嬉しいです。
次回も「美術嫌いを克服する教材」として、抽象画の魅力について記事を書こうと思います。もしこの内容に興味がございましたら、また目を通していただけると嬉しいです。
それではまた!
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