美術の授業で使いたい言葉 〜上手という言葉を使わない〜 vol.5
月に1回のペースで紹介する美術の授業で使いたい言葉シリーズ、今回はVol.5ということで、中学1年生の一番最初の美術の授業で生徒に伝えたい言葉を3つ紹介します。これまで一貫して「上手」という言葉を使わずに、生徒の活動や学習を促進する言葉掛について紹介してきましたが、今回の内容もこのことにつながる内容です。過去の記事はこちらからアクセス可能ですので、もし興味があれば覗いてみて下さい。
vol.1(導入)
vol.2(「#1 この部分、すごく面白い!」「#2 ピカソを超えた!」「#3 遊びまくってるなぁ」)
vol.3(「#4 ワオ!ワンダフル!!」「#5 次は大丈夫!」「#6 やられたわぁ!」)
vol.4(「#7 どこまで進化していくん!?」「#8 思わず二度見した!」「#9 この表現良い意味でメッチャ気になる!」)
今回紹介する言葉は次の通りです。
#10 壮大な美術の世界へようこそ!
#11 美術の授業はみんなが主役
#12 失敗最高!!ぐらいの気持ちで
それぞれ詳しく説明しているので、よろしければどうしてこれらの言葉を使いたいのか知ってもらえると嬉しいです。
#10 壮大な美術の世界へようこそ!
まだ美術について何も学んでいない生徒でも、美術という教科が小学校の図画工作に当たるものであることはどういうわけか全員分かっています。この事実はよく考えてみると本当に不思議な現象ではないでしょうか。これはつまり、美術とは絵を描いたり工作したりするものであるということを「美術科」という授業が始まる以前にしっかり概念形成しているということを意味していると考えます。そんな常識的なことを今更言って何が言いたいのかというと、美術という教科に対して生徒は既に固定観念を持っているということです。なので、最初の授業でこの固定観念を壊すところから始める必要があると考えています。
「美術と言えば?」と質問すると、多くの生徒が「絵!」とシンプルに即答してくれます。しつこく聞くと「粘土」や「工作」という言葉も出てきますが、かなり強烈な固定観念が働いていることはすぐに感じ取ることができます。
しかし、「絵」と言ってもモネやピカソのような作品だけではなく、ステラのような絵画か彫刻家分からないようなものもありますし、ポロックのような特定の対象が存在しないアクションペインティング、フォンタナのようなキャンバスを切り裂いた作品もあります。
美術の関係するものと言えば他にも規模の大きいものであれば建築やパブリックアートなどもありますし、身近なところでは衣食住に関するものも全て美に関わるものであり、感動的で文化的な生活には美術が不可欠なものです。まずは美術を自分事として考えてもらえるようにすることが最初の授業では大切です。もう美術のない世界には戻ることはできないこと、そして生活の全てに美術が関わるものであることを前提に、壮大な美術の世界の旅をこれから始めていくことを伝えるようにしています。学ぶことにワクワクしてもらうことが最初の授業の狙いであり、学習を促進していく上で不可欠な美術のオリエンテーションであると考えています。
#11 美術の授業はみんなが主役
これも主体性が重んじられる新学習指導要領に基づいた教育では当たり前のことでなければ行けませんが、授業の主役は他でもない生徒であり、教師が学習活動を支配して、やることなすこと全て指示通りにさせるような時間ではないことを伝えるようにしています。正しい答えを覚えたり、画一的な表現を習得したり、教師の指示を忠実に守ったりするのではなく、
「自分にとって」良いと思えるものを追求し、積極的に挑戦するのが美術の学習の本質であると考えています。生徒が主役となった時、教師の立場はサポーターであり、ファシリテーターとなります。
「ああしなさい」「こうしなさい」と制作(作業)の指示を出す代わりに「どうしたい?」を聞くのが教師の役割であることを生徒に伝えるようにしています。なので、生徒がやりたいと思ったことをわざわざ私に許可を取ったり、「先生、これで良いですか?」と聞かないでほしいということも伝えます。そして、自分で判断して表現したことには必ず前向きな反応を返すことを約束するようにしています。
とにかく自分が主役になって美術の学習活動を遊びまくる。遊びの中で他者と協力して更に面白い遊びに発展させる。遊んでいるうちに知識や技能を身につけ、豊かな発想力、そして前向きに挑戦する力を伸ばしていくことができます。教師はそんな遊びのサポートをしながら、自分自身も生徒から美術の可能性について新たな発見をして、それを授業の調整に生かしていく。教師1人に対して生徒は多数。そんな多数の実践を授業の発展に生かすことができれば、自ずと生徒の主体性が約束された時間、PBL(課題解決型学習)を前提とした授業にもなっていくと考えています。
#12 失敗最高!!ぐらいの気持ちで
「失敗は成功のもと」という言葉、これは小学生でも知っていますが、この本質をどこまで体験的に理解しているかというとかなり個人差があります。身体経験がないものを厳密には知覚することが困難であることを現象学の哲学者メルロ・ポンティも述べていますが、まさにその通りであると思います。デカルトは「我思う、故に我あり」と言いましたが、結局行動なしには考えること自体ができないのではないかと考えたメルロ・ポンティ、そしてエコロジカルな情報を生物は行動の原理にしていると考えるアフォーダンス理論、こういったものは粗くまとめれば「状況に応じて行動しないと何も意思ある行動ができない」ことを意味していると考えます。
失敗をすることが成功には大切であることは誰もが認めるところですが、とは言ってもやはり人間は失敗を恐れて最初から失敗しない方法を選ぼうとします。そうなると、過去にやったことがある「失敗しないと分かっている方法」を選び、挑戦に対して消極的な姿勢を見せるようになってしまいます。結局、失敗することにネガティブなイメージがあり、失敗によって恥ずかしい思いをしたくないといった気持ちが働いてしまう傾向があります。
だからこそ、美術の時間では失敗したら「最高!!」ぐらいの気持ちで臨んでほしいということを伝えます。ただ、これも結局言葉だけでは身体性がないので、1回目の授業から早速自由に表現をしてもらいます。教室にある材料や道具を自由に活用して良いので、自分にしかできない表現にチャレンジしてもらいます。
すると最初は「何をしても良い!?本当に!?」となって戸惑う生徒も多いですが、次第に多くの生徒が興味津々で美術室に置いてある材料や道具を生かし始め、瞬く間に個性的な表現が溢れていきます。ある生徒はライオンを表現する際にマスキングテープを使って立髪を表現したり、ボンドを塗りたくった絵を描いたり、墨汁とボンドを混ぜ合わせて絵を描いたり、本来の使い方とは違いますが色鉛筆でスパッタリングしたりと、全く予想できない多様な表現が5分程度の間に生まれました。
こうしてできたものをお互いに鑑賞し感想を書いてもらうと、「失敗を気にせずにとにかく夢中になって遊べば自然と自分らしさが出た面白いものが生まれる」「人と違うことをこれまで恥ずかしいことだと思っていたけど、違うからこそ面白いし楽しい」「美術に対する考えが変わった」と言った嬉しい言葉をたくさん見ることができました。
失敗に対して一瞬ネガティブな気持ちが生まれることは仕方がないことかもしれませんが、それをすぐに乗り越えて、失敗を生かしたり、次の挑戦を純粋に楽しんだりすることができれば、失敗に対して前向きに考えることもできるようになると思います。そうなれば、美術の学習活動は生徒の主体性のままに発展していくと考えています。失敗するような挑戦をした生徒を称賛したり、新たな表現の可能性に生徒がメタ認知できるように対話をしたり、生徒の主体性を更に促進するのが教師の役割であり、生徒と共に挑戦をしていく楽しさに浸り続けたいと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は中学校美術の最初の授業で使いたい言葉を紹介させていただきました。生徒の美術に対する先入観を排除し、美術の楽しさに対する概念形成をする上で最初の授業が非常に大事であると思います。今回の内容が読まれた方にとって何か参考になるものになれば嬉しいです。
余談になりますが、実は自由に表現する前に、先入観を排除すれば対象も正確に捉えることができるということで上下逆さで対象を見て描くという活動も入れるようにしています。対象への先入観を排除し、位置関係などデータ的に対象を捉えると「誰でも同じように表現できる」ということを体験してもらいます。コツさえ掴めば誰もが同じように表現できる。これは個性的な表現、自分らしさを発揮する美術の活動の価値について考える上で対照的なことであると同時に、先入観を排除することがいかに大切なことであるかについても学べるようにしています。
短絡的に「自由だ!」と伝えるのではなく、様々な自由を構成する要素について気がつけるように教師としても先入観と向き合いながら世界を広げていきたいと思います。
それではまた!
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