短時間の散歩でも得られる美的体験と閃き
少しずつ秋が感じられる時期になってきましたね。最近は朝夕が涼しく、散歩やランニングが気持ちよくできるので、耐え忍んだ夏が終わったかと思うと、それだけで気持ちが軽くなります。
秋はスポーツも文化的な活動も取り組みやすく、充実した生活を送りやすい時期であり、そんな時期だからこそ、私は散歩する時間は大切であると考えています。
これまでにも秋の散歩についてブログで扱ってきましたが、今回は散歩で発見できる美的体験と閃きについてお話したいと思います。
少し散歩に出かけるだけで面白いものがたくさん発見できる
私はランニングが好きで、時間を見つけては外に行くのですが、ランニングのついでに散歩でクールダウンします。この散歩はとても短時間で10分もかからない程度ですが、いつもこの時間で素敵な美的体験や閃きを得られています。
今回散歩についてブログを書こうと思ったのもランニング後に自宅の近所を散歩をしていて、少しの間に次々と興味深いものを発見することができたので、その後改めてカメラを持って散歩に出かけ、興味を感じたものを撮影し、このブログにアップしました。今回は4つ紹介します。
①鳥の群れ
鳥の群れがV字になって飛ぶ姿はよく見かけますが、この日はM字でした。同じぐらいの力を持ったリーダーが二羽群れにいるのかは分かりませんが、とても整った形で飛んでいる姿には感動します。この飛行隊型に飛行エネルギーの節約や視界の確保と安全といった合理性があることはよく知られていますが、結果的に飛行隊型が幾何学的な形になるのは示唆深いことだと思います。
デザインは昔から自然を参考にしてつくられ、改良されてきました。こういった身近なところに見られる数学的な現象に目を向けるだけでも良いアイディアが閃く可能性はあります。
②単独で紅葉
周りの葉はまだ緑なのに、一枚だけ先んじて紅葉している桜の木を発見しました。赤と緑で補色の関係にあるのですぐに目に止まりました。
この紅葉を見て私は侘び寂びの美についてふと思いました。私は最初、この紅葉に対して「一枚だけ紅葉しているのは、これも侘び感があるなぁ」と思っていました。つまり、全部紅葉しているのも盛大で良いのですが、このさり気なく一枚だけ紅葉しているのが逆に主役感があって「侘び」の趣深さがあると感じたわけです。しかし、後から考えると、この一枚は他の葉がこれから通る「老い」を何らかの事情で先に経験し、周りの葉よりも早く落ち葉となって土に帰っていくという「寂び」の美しさもあると考えるようになりました。
「侘び寂び」と一括りにして考えることがありますが、厳密にはそれぞれ意味が違います。しかし、同じ状況に対して、それを見ている人の捉え方で「侘び」にも「寂び」とも感じられる。そんな言語哲学的な世界がこの一枚の紅葉から閃き広がります。だからこそ、「侘び寂び」は和歌や俳諧、茶の湯など日本文化の様々な面で存在感を発揮しますし、そのような美意識を大切にしてきた日本語、そして日本人の世界観はとても面白いものであると思います。
③塀の上の柿
「坂の上の雲」みたいな格好良い語調にしましたが、むしろ朽ちて不恰好な柿が塀の上に凛と佇んでいるこの光景はインパクトがありました。この柿は偶然この塀の上に木から落ちたのか、誰かが置いたのか、全く分かりませんが、地面に落ちればすぐに朽ち果てたであろう柿が、塀の上で中途半端な朽ち方をしているところに寂びを感じます。
人にも動物にも相手にされず、ただただ塀の上で世の中を眺めながら朽ちている。色々なことを考えると、土に帰ることができるよう地面に落としてやった方が良かったのかもしれませんが、また散歩で通った時にこの柿と出会えるような気がして、そのままにして立ち去りました。
④コンクリートから突き出る切り株
コンクリートで固められている敷地に切り株が突き出ていました。どうしてこうなったのか気になりますね。周りのコンクリートの様子を見て木が突き破ってきた感じではなさそうです。だとしたら、元々あった木の周りにコンクリートを埋めたということでしょうか。切り株は焦げているので、木が成長したり、朽ちたりしないように加工したのかもしれません。
この切り株がどのような経緯でここに存在しているかは分かりませんが、これによって本来何の変哲もないはずのコンクリートの敷地が非常にユニークな場になっています。そして、これがあることで何か問題があるかというと、特に困ることはないでしょう。もしかしたら、この敷地の所有者が行き交う人々にサプライズを仕込むためにやったのかもしれませんね。
秋は自然の変化を楽しむ良い時期
今回紹介した4つの光景は普通に生活していたら美的なものとして感じることもなく見逃してしまうこともあるかもしれませんが、見方によってはとても面白いものであり、美的なものにもなり得ると思い、紹介させていただきました。
ただ、このような変わった視点を働かせなくとも、散歩で景色を眺めながら歩くだけでも十分に美的な体験はできると思いますし、特に秋は自然の変化が激しいので、充実した散歩の時間が約束されています。
9月の日中はまだまだ真夏日もあって散歩するには暑過ぎですが、朝夕は涼しく快適に散歩できます。朝に散歩すると頭が冴えて仕事や勉強が捗りますし、夕方に散歩すれば良い運動とリラックス効果によって快眠が得られるので、健やかな生活を送る上でとても良い習慣になります。だから散歩がおすすめ!では美術教師である私がわざわざブログを書く必要はありませんね(笑)。私は健康は大前提として、美的感覚が広がり、心のエステとして効果があるからこそ散歩をお勧めしたいと考えています。
このような体験が毎日無料でできて、それがウェルビーイングに良い影響を与えると考えると、もっとたくさんの人が散歩を楽しんでも良いのではないかと思います。
人々の歩く姿を見ていると、スマートフォンに夢中で、周りの景色に目を向ける時間がない人も多いと感じています。スマートフォンで得られる感動もありますが、私は身体で得られる美的体験の時間も多くの人にとって身近なものになれば、今よりも少しは幸福度の高い世の中になるような気がします。そんなことをふと思った秋の日です。
最後まで読んでくださってありがとうございました。今回は短時間の散歩でも得られる美的体験と閃きについてブログを書かせていただきました。秋の爽やかな空気の中で散歩していると、とても幸せな気持ちになれるだけでなく、面白い発見にも溢れています。散歩の面白さは、珍しいものを見つけることだけではありません。普段なら何気なく通り過ぎてしまうものが、自分の見方ひとつで急に面白く、美しく見えてくることにもあります。私のブログのタイトルにも使っている「セレンディピティ」とも言える閃き体験が散歩にはあります。今回の内容で秋の散歩に出掛けてみたくなったという人が少しでもいれば幸いです。
それではまた!

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