ペインティングナイフ1本で描く油絵 〜描きにくさゆえに絵らしい絵になる〜
絵を描くというと、対象の形を正確に捉え、色を塗り重ねていくイメージがあるかもしれません。しかし、絵画は必ずしもそのような方法だけで成立するものではありません。色を置き、絵具を動かし、その重なりや偶然性を楽しむことでも、画面に豊かな表現を生み出すことができます。
私自身、普段からほとんど油絵を描くことはありませんが、コツさえ分かればできる方法なので、是非試しにやってみてほしいです。今回描いた油絵は美術部の生徒向けにデモンストレーションで描いたものですが、描いているうちに絵画の本質として多くの人に知ってもらう価値があると思ったので、ブログにまとめました。
本来であれば制作過程をしっかりとまとめた方が資料としてわかりやすいですが、急遽ブログ化することを閃いたので、画像資料が不十分ですが、どのように制作されたかなるべく分かりやすく説明しましたので、読んでもらえると嬉しいです。
1 絵具を大雑把に盛って広げる
まずは下描きについてですが、ペインティングナイフで描き殴っていくので細かい描き込みは不要で、全体の構図を取る程度で十分です。今回の私の絵の場合は下描きさえしませんでした。絵具をナイフで厚塗りしていくので、色を塗りながら形も自然と調整できますし、そもそも筆と違って輪郭に沿ってきっちり描きにくい道具なので形の正確さにこだわる必要性があまりありません。
大事にしたいのは大雑把で良いので絵具を画面に盛ることです。油絵具は乾燥に時間がかかるので、すぐに固まることはなく、後から追加した絵具を混ぜながら色を調整することも可能です。厚塗りゆえにかなり絵具を消耗しますが、画面上に絵具を仕込むことでペインティングナイフならではの質感のある絵にすることができます。
2 色を調整しながらナイフのタッチでモチーフの雰囲気を出す
画面全体にある程度色を盛ったら、色を追加しながらナイフのタッチを生かして描いてきます。この際、モチーフに実際にタッチしているような感覚で画面にタッチを入れながら絵具を広げることで、迫力のある絵にすることができます。
近くから見ると何が描かれているのか分からない状態でも、タッチを生かした着彩をすることで、遠くから見たときに色と形が調和して、雰囲気のある絵に見えるようになります。
今回描いた虎であれば、毛の生える向きを意識してタッチを入れています。色の調整も大事で、モチーフの色をそのまま再現するために色をパレットで作ってから着彩するのではなく、画面上で適度に色を混ぜ、離れてみたときにそれらしい色に見えるようにします。このような現象を視覚混合といい、印象派の画家が画面上に異なる色を並べ、目のなかで色を混ぜることによって明るく鮮やかな色彩を表現した方法と同様の原理です。この着彩方法は実はそれほど難しいものではありません。例えば、オレンジ色を表現するのであれば、黄色と赤色を並べることで、離れて見たときにオレンジ色に見えます。赤黄青の三原色を用いて色相環を作る色の組み合わせの要領と同じです。
これも割と大雑把に色を置いてもそれらしく見えるので、思い切ってタッチを入れながら色を置いてみてください。ちなみに、今回の絵は赤・黄・青の三原色と白のみを使って、視覚混合について学べる教材にもしています。
3 細かいところを調整して完成
ペインティングナイフは筆が得意とする細かい表現は苦手ですが、ナイフの側面を使って描くことで、直線的なシャープな線を描くことができるなど、使い方次第で細かい部分の調整で力を発揮します。
筆は色と形の調整がしやすく、写実的に再現する場合は大変有効です。しかし、写真のような絵に再現することだけがリアルな絵とは言えません。絵の雰囲気としてリアルを追求しても良いわけで、ペインティングナイフはこの点において非常に便利に使えます。
今回描いた絵の場合、虎のヒゲの部分はペインティングナイフの縁をスライドさせて描き、シャープなヒゲを表現しました。細かいヒゲもありますが、これらも全てペインティングナイフで再現しています。
細かい部分の表現にこだわり始めると、どこまでもリアルな絵にすることも可能ですが、程よく目の中で色を混ぜて心地よく楽しめるような絵でも良いと思います。
ペインティングナイフならではの良さ
ここまでペインティングナイフを使った描き方について説明しました。説明だけでは難しく感じるかもしれませんが、実際に描いてみると分かることが多いです。小さなキャンバス(F4程度)で十分なので、まずは試しにやってみてください。
ここからはペインティングナイフで描くことならではの良さについて、私の考えをまとめてみました。絵画を描く考え方の一つとして読んでもらえたらと思います。
1 思い切って色を置き、タッチ重視の描き方ができる
ペインティングナイフは絵具を一気に塗ることができる道具です。私がよくやる方法として、キャンバスに直接絵具を置き、ナイフで伸ばすという方法で、これをすると自然と厚塗りの画面ができます。
形を筆のようにコントロールしにくいという部分も逆に強みになります。筆で塗る場合、塗り絵のように形に沿って塗ることもできますが、これによって形に縛られた描き方となってしまいます。油絵具やアクリル絵具は盛り上げによって質感を出すことができる絵具ですが、塗り絵のように平面的に描いてしまうと、これらの絵具の特徴を生かすことが難しくなります。
ペインティングナイフを使うことで、半ば強制的に盛り上げの効果を出しながら描くことができますし、色を中心にした感覚で描けます。また、ペインティングナイフは塗るというより、色を置くという感覚で描くので、タッチを生かした描き方が中心になります。もちろん、ナイフを押し当てて絵具を伸ばせば薄く塗ることもできるので、描き方に幅を出すこともできるので、筆や色鉛筆で描く平面的な着彩とは違った凹凸を生かした着彩ができます。
筆や鉛筆で描く際もタッチは大事ですが、ペインティングナイフはかなり別次元のタッチを体験できるので、一度やってみる価値はあると思います。
2 画面上で色を調整するため絵具の鮮やかさを生かせる
ペインティングナイフは筆と比べると絵具を混ぜにくい道具です。この部分だけを考えると、デメリットに思われますが、画面上に絵具を置いて広げていく際に絵具が混ざらないことにはメリットもあります。
絵具は色相の遠い関係にある色を混色すると濁って明度・彩度が落ちます。筆で描いていると色が混ざって濁った経験のある人は多いと思います。これを避けるために、印象派の画家は筆触分割という方法でフレッシュな色を並べるようにして描き、目の中で色が混ざってみえる視覚混合という現象を生かした作品を生み出しました。ペインティングナイフは絵具の混色による濁りを抑え、視覚混合を生かした色彩表現がしやすく、非常に鮮やかな絵にすることができます。また、ペインティングナイフを画面に押し当てて複数の色を一緒に伸ばせば色が混ざり、濁った色も表現できます。ただ、この場合も絵具が完全に混ざるというわけではなく、元々の色が少し残るので、筆のように完全に混色した色とはかなり違った印象にすることができます。
3 近くで見る荒々しさと遠くから見る調和のギャップ
近くから見ると何を描いているのか分からないペインティングナイフで描く画面ですが、離れてみると非常に絵具の存在感がある絵が現れます。
近くから見ると粗しか目立たないようなものでも、遠くから見たときに調和して見えるのであれば、それで良しというわけです。印象派の絵もそういうものがほとんどですね。
絵画を描くとなったときに、綺麗に描こうと思って粗く描くことを避ける人が多いかもしれませんが、色や表面の印象を大事にして描くことで、離れて見ると結果的に色が調和した綺麗な絵を描くことはできます。このような絵画体験をしたことがない人には一度ペインティングナイフで粗く描きながら調整していく描き方に挑戦してみてほしいと思います。もちろん、激しいタッチを生かした表現が好きな人であれば、ペインティングナイフは強力な味方になってくれることでしょう。
ペインティングナイフは筆のようには描けない、「描きにくい」道具ですが、それゆえに筆とは全く違ったアプローチで描くことができ、絵画ならではのタッチや色の調和を生かした表現が可能になります。この点が大きな魅力であると私は思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました。今回はペインテイングナイフ1本で描く油絵について紹介しました。油絵具よりも手に入りやすいアクリル系の絵具でも同様のことはできますので、是非ペインティングナイフで絵を描く体験をしてみてほしいです。ただ、アクリル系絵具は乾燥が早いので、より小さな画面を選ぶことをお勧めします。
筆では味わえない絵画体験ができるペインティングナイフ。是非一度挑戦してみてください。絵画に対する視野が大きく広がることと思います。
それではまた!






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